あの時に教わった

ミョウジナマエは読書に熱中していた。

いつの間にか誰もいなくなった教室で、ひとり、最近読んでいるファンタジー小説が佳境に入っていたからだ。
いつも一緒に下校している友人のマキちゃんは、声をかけても生返事しかしない#ナマエのことを諦めて先に帰ってしまった。
授業終了のチャイムが鳴り響くと、いつもなら荷物を鞄につめるのだが、どうしても結末を家まで待つことができなかった。


頭の中ではわかってはいた。下校してから家で読めばいいと。
しかしナマエは”今”!今すぐ物語の終盤を堪能したかったのだ。


ナマエをそこまで白熱させた小説は現在、主人公のシャウが親の仇である悪の組織のボスに3年越しの因縁をつける局面を迎えていた。
しかもそのボスが生き別れの兄弟エルンであることが判明し、余計とナマエを熱中させた。



あ…あああ……危ない!
あっ、よかった…。流石はシャウ。
剣術は村一番の腕前で、かたき討ちを決めたあの日から雨の日も風の日も訓練を怠ったことはなかったもんね。
いけ…!
エルンも強いけど、それを乗り越える力がお前にはある!
あー!そうそうそう、やっ


「なに読んでんだ?」

「ギャーッ?!」









「驚かせちまって悪ぃな」

物語のなかで最大の局面といっても過言ではない時に声をかけてきたのは、隣席の場地だった。

最初はいつも教科書を開いてるから、ものすごく頭のいい生徒かと思っていたが、隣の席になると見掛け倒しであるとすぐ判明した。教科書だと思っていた書籍は犬図鑑だった。
授業ではなにかと隣の生徒と話す機会が多く設けられているため、なんとなく波長が合ったナマエと場地は自然と授業以外でも軽く言葉を交わす間柄になっていた。


「にしても『ギャーッ!』って…暫くこれで笑えるワ」
「すごくいい所ですごく集中してたの!だからすごく驚いたの!」


場地はナマエが持っている本の開いているページに目をやった。


「その英語なんて書いてあんの?」
「これ?主人公が育ての親の仇でもあるボスを追いつめた時のキメ台詞。”チェックメイト”って」
「どういう意味?」
「意味は”追いつめた”かな。相手を行き詰らせたときに使う言葉だよ」
「ふ〜ん。案外物知りだな。この前の漢字小テスト20点だった割に」
「なっ…!あれはこの小説読んで対策できてなかっただけで…!そういう場地くんだって今日帰ってきた数学のテスト18点だったじゃん!」
「あ〜うるせぇうるせぇ!俺もタイサクできてなかっただけだっつーの」
「嘘じゃん!テスト前に『勉強してきたから余裕だわ』って言ってたし!」
「家まで送ってってやるからはやく準備しろよ」
「無視すんな!」


たわいない会話をしながら、ふたりはそれほど生徒のいない校舎を後にした。







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