カラ松財閥パロ


財閥パロディ
カラ松:松野家嫡男
主人公:幼馴染でカラ松おつきの家政婦





「カラ松さま、カラ松さま。起きてください」


小さく肩を揺すれば、切れ長の瞳がゆっくりと開かれる。
長いまつげを揺らして、少しばかり不機嫌そう。
いつだってにこにこと穏やかな彼の寝起きがあまりよくないことを知っているのはきっとわたしとご兄弟くらいで、それがなんだか誇らしい。


「おはようございます。朝食の準備がすみましたので」
「……おはよう…」


くあ、と欠伸をかみ殺す彼に一礼して、部屋をあとにする。
あと30分ほどで彼らは来てくれるだろう。
その時には暖かい朝食を用意していないと。
足早に大部屋へ向かえば、廊下の向こうからおそ松様がゆったりと歩いてこられるのが見えた。


「おはようございます」
「ん、なまえちゃんじゃーん。おはよー、今日も可愛いねぇ」
「ありがとうございます。勿体ないお言葉です」
「……あのさぁ、俺ら幼馴染みだしそんなかしこまらなくても」
「おそ松様は、私の主様ですので」


それでは失礼いたします、とスカートを少し持ち上げてお辞儀をする。
わたしがここへ来たのは15歳の時で、それからもう7年もたってしまったのだなあと感慨深い。
ごくごく普通の家庭に生まれたわたしが、物心つく前に仲良くしていただいていたのがこの松野家のご子息様たちだった。
家が近いという理由で、空き地で知り合った私達は仲良くなり、所謂幼馴染みという関係で。
けれど、それもわたしがこの家に住み込みメイドとして雇われた時に崩れてしまった。
父親の会社が倒産、家族が路頭に迷うという、今どき薄っぺらいドラマでもないような危機に、それならばと手を差し伸べてくださったのが松野家の方々だった。
とはいえ、一方的な支援を受け入れられるはずもなく、交換条件のようにして、わたしは進学が決まっていた高校を蹴り、松野家の家政婦として働くことを決めたのである。


「おはようなまえちゃん」
「おはようございます」


次々席に着くご兄弟を確認して、全員揃ったところでカップに紅茶を注ぐ。


「はー、なまえちゃんやっぱ可愛いよなあ、俺のメイドんなってよー」
「おそ松。殴られたいのか」
「ひひ、俺のでもいいよ……」
「一松ものっかんのやめて」


曖昧に笑って、そっと部屋のはしに移動する。
松野家のご子息様方には一人に一人専属メイドというものがついていて、いうなれば秘書のような役割を担っている。
家事というよりは各々のスケジュール管理を主にこなし、一日の大半を共に過ごす。
わたしは有難いことにカラ松様の専属メイドとして働かせていただけている。


「なまえ、今日の会合の場所はどこだったか?」
「○×会議場でございます。先方とのご昼食を終えられた後、車で向かうのがよろしいかと」
「そうか。わかった。……ところでなまえ、2人きりの時はそれをやめろと言ったが」
「……ごめん、カラ松」


眉を下げて、ちらと視線を上げれば、彼は満足げに笑った。
2人きりの時はむかしのように接して欲しい、というのが、彼の一番最初の命令だった。
変わった人だと思う。
けれど、そういうところが、わたしは。


(すきになっては、いけないのに、なあ)


綺麗なご令嬢たちに囲まれて笑う彼を視界に入れて、肩を落とす。
ああいうのを、お似合いというのだろう。
色とりどりのドレスに、華やかに結い上げられたブラウンの髪。
視界に揺れた真っ黒な髪を見て、思わず俯く。
黒いスーツが、なんだか苦しくて仕方なかった。


***


「見合い?」


眉を寄せたカラ松様に、こくりと頷く。


「……そんなスケジュールは聞いてないが」
「おそ松様の計らい。日程は明後日、お相手は」
「ふざけるな、とおそ松に伝えてくれ。それは断る」
「……とりあえず行くだけ行け、って」
「…………チッ」


盛大に舌打ちして、タイを緩めて乱雑に椅子に腰掛ける。
前髪をかきあげて不機嫌そうに顔を顰める様すら絵になっていて、思わずじっと見つめてしまう。


「……直接断れということか」
「お相手が○○商事の方だから、断るとまずいっておそ松様が言ってた」
「…………」


じっと、探るような視線を投げられて、思わず背筋を伸ばして唇を結ぶ。


「なまえは……いいのか」
「え?」
「……なんでもない。とりあえず行くだけ行こう」


早口にそうまくしたてて、今日は疲れたと部屋を追い出されてしまう。
何か気に触るようなことを言っただろうか、それとも。


(いってほしくないって、顔に出てたかな)


これではいけないと頬をたたいて、気を引き締める。
だって、こんなの不毛じゃないか。



***



「……」
「ぶすくれんなってカラ松ぅ、お前似合ってるよぉ、カッコイイ!」
「茶化すなおそ松。殴られたいのか」


凛々しい眉を寄せて、不機嫌そうにカラ松様が吐き捨てる。
ハイブランドのスーツをすっきりと着こなし、髪をオールバックに整えたカラ松様はいつも以上に男らしく、魅力的に見えた。
惚れた欲目と言われたらそれまでなのだけれども。


「お似合いです」
「………出る」


そっとジャケットを差し出した私を一瞥して、ひったくるようにジャケットを取って扉へ向かう。
ご兄弟が困ったように眉を下げるのを横目に、わたしはずっと、紺色の広い背中から目が離せなかった。


「なまえちゃんさあ、いいの?」


トド松様が、大きな瞳をきゅるんと向ける。
何が、とは、聞かない。
きっと彼等は知っている。


「俺、なまえちゃんには笑っててほしいなあ」
「…私は、笑ってます」


優しい十四松様。
困ったようにこちらを見つめる彼に、ふふ、と小さく笑ってみせる。


「……後悔しないようにした方がいいんじゃない」
「こんなこと言われてもって思うかもしれないけどさあ、僕たちも心配してるんだよ」


そっぽを向いたままぼそぼそ呟く一松様と、苦笑するチョロ松様。
そんな優しい言葉かけないでください。
困ったように微笑めば、ゆるりと微笑み返される。


「なまえちゃん俺にしとかなーい?」


へらへら笑うおそ松さんに、そっと首を振って。


「私は、……私は、皆様に雇われている身なので」


頑なだねぇ。
おそ松さんが困ったように微笑んで、頬杖を突く。


「あいつには言わないからさ。今だけ、昔の……幼馴染だったときのなまえちゃんに戻って聞かせてよ」
「カラ松のこと、好きだったの?」


きっと彼は今日、美しくて家柄の良いお嬢様と愛を誓うんだろう。
ちらりと盗み見たお見合い写真の彼女は女の私から見ても綺麗で、カラ松様の隣に立つとそれはお似合いなんだろう。
柔らかく微笑む二人を、わたしはおめでとうございますと見送らなくてはいけない。
まっさらな純白に身を包んだ二人を、拍手で送りださなくてはいけない。

おそ松の言葉に、ゆるりと頭を振る。


「っなまえちゃ、」
「……それは、幼馴染のなまえちゃんとして?それとも、」


焦ったようなトド松の声が耳に響く。
心配そうに見上げる四人を片手で制して、おそ松はまっすぐな瞳で私を見つめた。


「……幼馴染の、わたしとして」
「…………そっか」


小さく呟いて、俯く五人。


「だってまだ、好きなんだよ」
「過去形にできなくて」
「ずっとずっと、今でも、」


すきだよ。
つま先をじっと見つめて、ぽつりぽつりと言葉を落とす。
目の前の五人の顔は見れない。
ぽろりと涙が零れて、情けなくて仕方ない。
自嘲気味に私が笑うのと、視界が紺に染まったのはほとんど同時で。


「えっ……」
「やっと聞けた……!」


耳に響く低い声はわたしがよくしっている人のもので、
今一番聞きたかったもので、
けれど聞こえるはずのないもので。


「やっと言ってくれたな、なまえ……!!!」


はっと顔をあげた先に見えた、涙で潤む蒼い瞳に、抱き寄せられた逞しい腕の持ち主を確信する。


「か、からま、」
「この日を待ってた、俺がどれだけ待ったか、」


涙声で私の頬を撫でて、うっとりと目を細める。
なんでここに、そんな、だって。


「お前の作戦勝ちかぁ」
「いや、これもう粘り勝ちでしょ」
「ほんとサイコパス……」
「はは、カラ松にーさんおめで盗塁王!」
「ま、気に食わないけどなまえちゃんが選んだんだしねぇ」
「さ、さくせん」


ニコニコ笑う五人に、ぽつりと一人ごちると、カラ松様が満足気に笑う。


「お見合いはとっくに断った、俺はお前以外を娶る気はないぜぇ」


キラン、と格好つけられても。
呆然と立ち尽くしかない私に、カラ松様はにっこり笑う。


「もう逃がさないぜ、ハニー」


カラ松様が心底嬉しそうに笑うので、しばらくはこの腕の中に閉じ込められることにする。




四万打企画のものでした。

うたかた