おそ松のあざとさに悶える


「ありえないんですけど」
「ゴメンってぇ……」


腕を組んで見下げる先には、ヘラヘラ笑うおそ松。
高校の時の同級生で、2年の時付き合ってて、それから3年になる前に別れた。
それが、私が就職してからバッタリ再会、ズルズル流されるようによりを戻して。
と、まあ、そこまではいい。
だけど。


(実家住みニートとか聞いてないし!!!)


明るくて社交的で、馬鹿だけど人気者だったおそ松は、そんなにいいところじゃなくてもそこそこの会社で働いてるんだろうなって思ったわたしの淡い感情を返して欲しい。
彼氏がニート童貞。
これいかに。


「でもさぁ、童貞はなまえちゃん次第でどうにかなるよぉ?」
「おまえ本当にわたしのこと怒らせる天才だね」
「ゴメンナサイ」


今日私がこんなに怒っているのは、まあ、童貞とかニートとかそういうことじゃない。
まあおいおい、なんとかしなきゃとは思ってるんだ、けど。
久しぶりに、少し遠出するデートを約束してた日。
おそ松が珍しく車を出してくれるっていうから、わたしは、彼の好きそうなワンピースを着て、少しだけ高いパンプスを履いて、赤いリップを塗ったり、気合を入れちゃったりして。
それなのに、当の本人は約束した時間には遅れてくるし、悪びれもしないし、連絡だってまともになかった。
連絡無精なのはいつものことだけれど、それにしてももう少しなんとかしてほしい。


「いやーーー、ちゃんとね、時間通りに来るつもりはあったんだけどねー」


へらへら笑うおそ松は反省なんかちっともしていないし、そんじゃいこー、といつものパーカーのポケットに手を突っ込んでいる。


「なんで遅れたの」
「寝坊しちったー」
「……」
「そぉんな目で見んなってぇ」
「……まあいつものことか」


ため息をついて、車に乗り込む。
おそ松はへらへらしたままエンジンをかけて、ハンドルに手をかけた。


「今日はどこいく?」
「……おそ松が遅刻したから、予定してたとこ厳しいよね」
「ごーめんて。俺のおまかせでいーい?」
「……パチと競馬は嫌」
「さすがにいかないって」


デートじゃん。
にこにこ笑いながら、そういうこと言っちゃうの、ホント狡いと思う。
遅刻してきたの、もう、許しちゃいそうになるじゃん。
今許してしまったら、調子に乗る気がして。
わざと膨れっ面で、そっと俯いてみせる。


「……たばこ、やめて」
「えー?でも俺コレ無いとダメだもん」
「もんじゃないし……車の中でやめてよ」
「んー…………」


静かになったと思ったら、車が停止した気配。
赤信号かな、そっと顔を上げた瞬間、茶色い瞳が視界に飛び込む。


「ンッ」
「……へへ、んじゃ、口寂しくなったらチューしよ」


ハンドルに顎をのせるみたいにして、おそ松がいたずらっぽく笑う。
だから、また、そうやって。
赤い顔を見られたくなくて、わたしはそのまま俯いて黙りこくることしかできなかった。



***



「今日たのしかったー?」


おしゃれなカフェでランチして、水族館に行って、館内で手をつないだり、こっそり物陰で、チューしたり、して。
久しぶりのデートらしいデートに、ずっとドキドキして。


「ん……」
「へへ、俺頑張っちゃった」


すっかりオレンジ色に染まった海を眺めて、おそ松が笑う。
細い髪が潮風に吹かれて、さらさら光を反射して光る。


「…………一日早いなー」


おそ松のひとりごとに、心の中で深く頷く。
帰りたくないな。
まだ、一緒にいたいななんて。
言えるはずないし。


「……あのさー」
「…なに?」


柄になく真剣な顔のおそ松が、夕日を背に、私と向かい合う。


「俺もっとなまえと一緒にいたい」
「……え、あ、う、うん」
「今日…………うん、今日も、明日も、明後日も」


おそ松の頬が赤いのは、夕日のせい、なんだろうか。


「一年後も、二年後も、…………なまえと俺が、よぼよぼになって、じーさんとばーさんになっても、」
「おれは、なまえと一緒にいたいなって、思う」


だから、俺のことずっと好きでいて、なんて。
散々格好いいことやっといて、そんな可愛いこと言う?
強引で、馬鹿で、エロくて、それなのにこんな。


「…………俺は、ずっと、なまえのこと、好き、だからさ」


ダメ押しみたいにそう言って、おそ松はちらりと私を伺う。


「……………ん」


こくりと小さく頷く。
途端、嬉しそうに笑って、鼻の下を擦るおそ松。
わたしの顔が真っ赤なのは、夕日のせいにしておいて。





四万打企画のものでした。

うたかた