へそフェチトド松
「こんにちはー」
引き戸を開けて、声を上げる。
ひょこりと顔を出したのは赤いパーカーの彼で、にやにやとした笑顔に嫌な予感がする。
「いまトッティいないよぉ」
「え、そうなんですか」
面倒だけど出直そうとスマホを取り出すと、紫のパーカーの彼がこいこいと手招きをしている。
「トッティ帰ってくるまでここで待ってなよ」
緑のパーカーの彼にまでそう言われれば、はあ、と小さくお辞儀してお邪魔するしかない。
手土産のシュークリームを手渡して、靴を揃えてお邪魔する。
「なまえちゃん気がきくぅ〜」
へらへら笑いながらシュークリームに手を伸ばす赤いパーカーの彼は、たぶん遠慮とかそういうものを学んだ方がいいんじゃないかなあ。
六つ子+ご両親+自分の分で10個買ってきたシュークリームに、私もと手を伸ばす。
すっと腕を掴まれて、紫のパーカーがうーん、と唸った。
「なんでしょう」
「すっげー柔らかい」
ふにふにと二の腕に力を込められて、ちょっとだけ眉を寄せる。
「え、ホント?失礼しまーす」
「おいぶっ飛ばすぞ長男」
そっと後ろから胸に手を伸ばそうとした赤いパーカーを蹴り飛ばして、緑の彼が舌打ちをする。
黄色のパーカーの彼が唇の端にクリームをくっつけたまま、後ろから抱き抱えるようにお腹に腕を回してきた。
「きゃっ」
「うわ、スゲー柔けえ!女の子!女の子スゴイ!」
「まじか!おい十四松代われ!」
「ほんまでっせ〜ふにふにでっせ〜」
黄色と赤と紫に揉みくちゃにされ、なんなんだと眉を寄せる。
彼氏の兄弟とはいえこれはいただけないと、文句のひとつでも言ってやろうと口を開く。
「トッティ細い子が好きなんじゃなかったか?」
それまで沈黙を貫いていた青が突然口を開く。
え、と唇からこぼれた言葉に、彼は首を傾げた。
「レディは柔らかくてすべすべしてた方がいいと思うが」
「あー、トッティへそフェチだもんね」
青と緑が頷き合う。
「なまえちゃんすげーやわらけーじゃん」
「お腹もやわらけーね!一松兄さんの友達みたい!」
つまり、それは、にゃんこのお腹だと?
シュークリームに伸ばしていた手を引っ込めて、じっと自分のお腹を見下ろす。
そう言われてみれば、彼氏が出来てからというもの、兄弟にたかられることも多くて、なんだかんだと自分の分まで買ったり、してた、かも?
今更ながらしまったと眉を寄せる。
ふとった。
「くびれとヘソが好きなんでしょ?あいつ」
があん、と頭を思い切り殴られた気がする。
くびれ。くびれ。
「…………今日、帰るので、トド松くんによろしくお願いします…………………………」
ずずいとシュークリームを献上して、肩を落とす。
細い子、かあ。
「今度のデートまでに間に合うかなあ」
すごすごと松野家を後にして、情けなくて泣きそうになる。
次のデートは1週間後だから、と頭の中で反芻して、無駄な悪あがきだろうけれどダイエットでもはじめようかとぼんやり考える。
ごめんねトド松……。
「やっほー!なまえちゃん久しぶり!」
ひらひら手を振りながらこちらに笑いかける彼氏に手を振り返して、ニコリと笑う。
今にも鳴き出しそうなお腹を抑えて、少しだけ細くなったかなあと眉を下げる。
「今日さ、この間できたカフェ、行ってみようよ!」
「え、う、うん」
オシャレなカフェのメニューは太っちゃう……。
でもそんなことトド松には言えないし。
少しだけにすればいいや、と歩き出したトド松の後ろをついていく。
「内装もメニューもホント可愛いよねぇ」
上機嫌なトド松がメニューを眺めてニコニコ笑う。
「僕パンケーキとカフェラテ。なまえちゃんは?」
「あ、んっと……ハーフサイズのパンケーキとローズティーにしようかな」
「ハーフサイズでいいの?」
「う、うん。夜ご飯食べにいくでしょ」
訝しげなトド松に、いつもそんなに食べていたのかと少し落ち込む。
だからこんなダイエットするハメになってるんじゃない……!
「……なんかなまえちゃん顔色悪くない?」
「え、そ、そうかな、大丈夫だよ?」
少しだけ眉を下げて笑うと、トド松がむっと眉を寄せる。
「……嘘、良くないからね?」
「だ、大丈夫だってば〜……」
本当は朝からあまり体調がよくない。
視界が揺れるし、気持ち悪いし。
「……ダイエットしてるの?」
ぽつりと呟かれた言葉に、バカ正直に跳ねた肩が憎い。
「……」
ふる、とダメもとで小さく降った首にため息を吐かれて、トド松がカフェラテをくるくる混ぜる。
「兄さん達でしょ」
「……ち、がうよ」
「えー?十四松兄さんが教えてくれたけど。シバいといたから」
トド松が長いまつ毛を伏せて、ゆっくり息をつく。
「あのねぇ、僕はさ、おへそが好きだけど」
「別に誰のおへそでもいいわけじゃないし」
カラカラグラスが音を立てる。
「綺麗なオヘソは好きだけど。でも、なまえちゃんがすきだよ」
「無理してまでそういうことして欲しくないんだけど」
ね。
小さく笑いかけられて、そっと俯く。
「僕ね、なまえちゃんが美味しそうにご飯食べてるの、好きだよ?でも女の子だもんね、気になるっていうなら、僕も一緒に運動付き合うよ」
だから我慢しないで。
よしよし頭を撫でられて、こくんと頷く。
トド松はよし、と満足げに笑って、パンケーキにナイフを入れた。
「じゃあ今日はいっぱいえっちしよっか」
小さくつぶやかれた言葉は、まあ聞こえなかったことにしよう。
四万打企画のものでした。
うたかた |
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