六つ子のインキュバスさん


※六つ子がインキュバス

今日に限って運が悪かったのだと頭が痛い。
華の金曜日というのに(むしろだから?)残業は終電ギリギリ。
最寄り駅でフラフラになりながらコンビニに寄って、明日は1日寝てやろうと決意してお酒と夜ご飯を買って。
いつもなら通らない、人通りの少ない道も、近道だから駆け抜けてしまえばいいかと甘く考えていた、のだ。
こんなことになるなら遠回りしてでも大通りから帰ればよかったと心底後悔してももう遅い。

「あれ、きいてる?おねえさん」

へらへら笑う男に、ぐらぐら視界が揺れる。
ただのナンパとか、キャッチとか、それならどれだけ良かったか。
現実逃避しても、目の前の光景にかわりはない。

「へへ、顔も可愛い」

鼻の下を擦って、照れたような笑顔は、見るタイミングによっては愛嬌があって人を寄せ付けるものがあるのかもしれない。
だけど今は、アンバランスすぎるそれに恐怖しか感じられない。

「兄さん怖がらせちゃダメだよ」

少し後ろからクスクス笑うその人も、まるきり同じ顔をしている。
背中に生えた羽、も。
バサバサ音を立てて上下するそれは、私が思うところの悪魔のような見てくれをしている。
なわけないでしょという思考と、でも確かにそうなのだという思考がグルグル回る。

「あ、新しいターゲットっすか?」
「一言かけてから離れろよ」

ぬっと音もなくわたしの背中側から現れた2人も、同じ顔。
ひくり、と頬が引き攣る。
ゴクリと息を飲んで、さっと俯いて逃げ出す。

「どこいくんだ?」
「にげらんないでしょ」

何かにぶつかって、反射的に顔を上げる。
くすくすと低い声で笑う2人も、勿論同じ顔。
ひ、と引きつった声が漏れて、四方を同じ顔に囲まれて足が震える。
逃げなくてはと頭の中で警報がガンガン鳴る。
どこへ?

「ずっと好きだったんだぁ、なまえちゃん」

うっとりした表情の赤い彼がそうっとわたしの頬をなでて、頬に柔らかい唇が押し付けられる。

「もう逃がさないぜ」

やさしく笑う青い彼が私の髪をなでて、一束すくって口付ける。

「痛くないから安心しなよ」

緑の彼の声は柔らかいのに、目は全く笑っていない。
細い指が私の指を絡めとって、くすくす声を漏らして笑う。

「御愁傷様、だねェ」

ニヤニヤ笑う紫の彼はそう呟いて私の指を食む。

「いいにおいすんね。すっげー美味しそう」

この場に似つかわしくない明るい笑みが怖い。
黄色の彼がわたしの手首を撫でて、じゅるりと舌なめずりをする。

「僕ら好みも似てるんだぁ。これって必然、だよね」

ピンクの彼の語尾にハートが見える気がするけれど、全く可愛いと思えない。
ゆるゆると首を振れば、こてりと首をかしげたピンクの彼にふふ、と微笑みかけられた。

「逃げられないから、観念した方がお利口だとおもうけどな」

じゅる、と唾液をすする音がする。
彼らには私がたべものにみえているんだろうか。
ドラキュラというやつだろうか。
有り得ないけど。

「ふひ、ドラキュラじゃないけどね」
「あはは、でも近いじゃん?」

ぐ、と赤い彼が触れそうなほど近くに顔を寄せてきた。
心の中を読まれてることに今更驚きもない。
じっと覗き込まれる瞳は赤みがかって綺麗だ。

「インキュバスさんだよぉ」

二ヤァ。
彼の言葉の意味はわからなかったけれど、私は今日、世界一不幸なことだけはわかる。

「頑張って、ネ」

するり、と腰をなでられたその意味を、考えるのが怖い。
柔らかく笑う紫の彼の骨ばった手のひらが私の目元を覆って、ぐらりと脳みそが揺れた。

うたかた