一松先生の好きな子


※養護教諭一松先生と先生が好きな女子高生夢主
※生理ネタがあります





「一松先生、すきです!!!!」
「ガキにキョーミないです」


眠たげな瞳をちらりともこちらに向けず、一松先生は手元の資料を眺めたままだ。
クラスの男の子なら生唾を呑んで覗いてくるワイシャツの胸元も、一松先生は本当に興味が無いらしい。


「ねえせんせえ、いつになったらわたしとえっちしてくれるの?」
「みょうじそこの資料とって」
「せんせえきいてる?」
「はいアリガトウ」


背を丸めて、ぽりぽりと頭を掻く。
むう、と頬を膨らませて、ぎゅうと背中に抱きついてみる。
ぎゅむぎゅむ背中におっぱいをあてても、一松先生はぴくりとも反応しない。


「先生インポなの……?」
「俺25以上のエロいお姉さんじゃないと勃たないんだよねェ」
「私けっこうおっぱいあるよ?」
「人の話聞いてる?」


ぺし、とおでこを軽く叩かれて、むむ、と唇を尖らせる。


「せんせーすき」
「うん、何回も聞いた」


先生は、私の言葉に返事はしてくれるものの、何かを書く手は止めてくれないし、視線一つこちらに寄越してはくれないし。
つれないのはいつものことだよなあなんてぼんやり考えて、肘をつく。


「せんせーまつげ長いねえ」
「ふふ、頭の後ろ、ねぐせ」
「猫っ毛ですよね」
「色白ぉい」


ぽつぽつ独り言のように言葉を落としながら、先生の横顔をじっと見つめる。
だっていわゆる一目惚れというやつだったのだ。
前任の保険医が療養のためとかで休みを取って、ここの学校に赴任したのが松野先生。
体育館の壇上を、気だるげに歩きながら、足元なんてあろうことかトイレのサンダルみたいな履物で。


『松野一松。保健室はあまり利用しないように』


それだけ、心底面倒くさそうに小さな声で吐き出して、さっさと席に戻ってしまった。
あの時、先生達も、生徒も、松野先生にきっと、いい感情は抱いていなかっただろう。
不健康そうだし、気だるげだし、不機嫌そうだし、それでもわたしは、この人を好きになるかもって、思ったんだよ。


「先生、すき」
「あーわかったから教室戻れ」


いよいよ舌打ちでもしそうな苛立った表情。
勿論嫌われたいわけではないので、大人しく保健室を後にすることにしよう。


「先生、またね」
「怪我してねーのに来んな」


つれない先生、保健室から出ていくまで、ちらりとも私のことを見てくれない。
ふわふわでつやつやな髪も、さらさらでぷにぷにの肌も、うるうる唇もまんまるお目目も全部全部あなたのために努力してるんだよ。





「いちまつせんせ」


一松先生に恋をしてから、体育の授業が少しだけ好きになった。
グラウンドからは保健室がよく見えるのだ。
ゆらゆら柔らかい猫っ毛が揺れて、真っ白な手のひらがキーボードの上を滑る。
一松先生は時折眼鏡を外して目元を抑えながら、パソコンとにらめっこを繰り返していた。

授業なんてそっちのけで熱い視線を送っていると、不機嫌そうに眉を顰めた先生が突然まっすぐこちらに視線を投げる。
それから気だるそうにしっしと手のひらを上下させて、苦々しげにため息をついた。


(ばれてた)


仕方なしに体育教師の方に視線を向けて、形だけでも授業に集中してみる。
それでもやっぱり気になって、ちらりと視線を戻せば、ゆらりと二つの影が視界に飛び込む。


(せんせ)


保健室で、若い女の先生と二人きり。
先生、なに話してるの?
若い女の教師と言葉を交わす先生が、あまり好きじゃない。
だって私にはそんな顔しないでしょ?
恥ずかしそうな、照れくさそうな、それでいて嬉しそうな。
眉を下げて、口元を緩めて。

ねえ先生、わたし、もしも、なんて、馬鹿げたことを考えてしまうんです。
わたしね、あなたと同じ年に生まれたかったよ。
先生、そしたらわたしを、女の子としてみてくれた?
いつものことなのに、わかってたことなのに。
なんだか胸にもやがかかったみたい。
先生がちらりとこっちに視線を投げた気がして、だけどわたしはなぜか、保健室のほうを見れなかった。




むすっと眉を寄せて、小さくため息をつく。
あれから、保健室には行っていない。
廊下ですれ違っても、小さく会釈をするだけ。
一度、一松先生が何か言いたげにしているのがわかったけれど、知らないふりをした。
なのに。


(いったい………)


ギュウと押さえつけられるようなお腹の痛みに、ジワリと涙がにじむ。
いつもはこんなにひどくないのに。
痛み止めを飲んだけれど効く様子もないし、友達に顔色を心配されてしまって、渋々保健室に向かう。
あーあ、なんか、いつもより廊下が長い。
こんなに遠かったっけ。
身体を引きずるように脚を動かす。
身体が重い、気が重い。


「……しつれいします」


ドアをノックして扉を開けると、眠たそうな目の一松先生が視界に飛び込んできた。
先生は少しだけ驚いたように目を開いた後、何事も無かったようにどうしたの、と椅子から立ち上がる。


「……お腹痛くて」
「ああ……体温はかって、つらいなら横になる?」
「う、大丈夫です」
「痛み止め飲んだ?」
「飲みました…」


先生は体温計を差し出して、カルテに必要事項を書き込んでいく。
先生の字、薄くて小さいけど、きれい。
骨ばった真っ白な手、やっぱり、すきだなあ。
ピピピと音を立てた体温計を抜いて、一松先生に差し出す。


「……顔色悪いね。帰る?」
「あ、でも」
「うち誰かいる?」
「いません…今誰も帰ってこなくて」
「ああそう……とりあえず寝てなよ」


ぼそぼそ、先生の声、小さいけど、低くて聞き取りやすい。
先生、優しいなあ。
そりゃそうだよな、私生徒だもん。
ああ、なんだかなきそう。
ねえせんせい、すき。すきだよ。すきです。すき。
だけどそんなの、言ったところで先生は困っちゃうんだよね。







「……ん」


じくじく痛んでいたお腹は少しよくなって、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
お腹の上に乗っかっている湯たんぽは、寝ている間に先生が用意してくれたのかなあ。
ぽぽぽ、と顔が赤くなるのが分かる。


「あ、起きた?授業終わったから…どうする?もう一限休むか次出るか」


小さく開けたカーテンのすき間を縫って、先生がベッドの傍に滑り込んでくる。
眠そうな瞳でわたしを見下ろして、顎まで下したマスクを弄んでいる。


「あ……じゃあ、出ます、授業」
「…顔色、悪いけど、大丈夫なの?次の授業なに?」
「えっと……あ、体育です」
「……もう一時間休んどきなよ」


呆れたように笑って、ぽん、と頭を撫でて、先生はカーテンの向こうに消えていってしまった。
先生、先生。



「…………すきです」


泣きそうなかすれた声は、聞こえてなかったかな。
届いていなかったら、いいなあ。
ぽろ、と涙が零れたのと、カーテンが開けられるのはほとんど同時だった。


「………………」
「えっ、なに、そんな痛いの?」


珍しく慌てた様子の先生がきょろきょろ周りを見渡して、それから可愛いまゆをさげてポケットに手を突っ込む。


「………………ほかの生徒に内緒ね。ほんとはダメなんだけど」


そっと手渡されたココアはまだ暖かくて、先生、わざわざ買ってきてくれたの?なんて、いつもだったら言えるような言葉も言えない。
そっと受け取ったわたしに、先生はほっと息をついて、頭をポンポンと撫でてくれた。


「痛み止め効かないね……何飲んだの?」
「いつも飲んでるやつです……」
「うーん……何でだろうね」


先生の手には私と同じココアがあって、困ったように眉を下げて居心地悪げに目線をそらす。


「ごめん、俺男だから……」
「え、あ、大丈夫です」


心底申し訳なさそうな先生なんてはじめてみた。
かわいい。
ココアを流し込んで、身体が温まっていく感覚にほう、と息をつく。


「……ん。でもちょっと顔色良くなったね」
「ありがとうございます」
「うん。じゃあ、もうちょっと休んでなよ」


小さく目を細めた先生が背中を向けて、ピタリと止まってあ、と小さな声を漏らす。


「あのさ、なまえが卒業したら返事するからね」


え、と聞き返すより先にジャっとカーテンが閉まってしまって、ゆらゆら揺れるカーテンの向こうから


「だからそれまでは、まあ、俺のこと好きでいてくださいよ」


なんて聞こえるから、先生ほんとにずるいとおもう。
止まったはずの涙が馬鹿みたいにこぼれて、何か言わなくちゃと思うのに言葉にならない。


「……泣くなって」


困ったように笑う先生の表情は優しくて、
何もなくてもきていいよっていう声は柔らかくて。
骨ばった指先で優しく涙を掬ってくれるから、わたしはこくこくとばかみたいに頷くことしか出来なかった。

うたかた