水陸に至れり尽くせり


ようやく勝ち取った金曜の夜、待ちに待った休みにくたくたになった表情がゆるむ。
今日くらい許してねとコンビニでビールを買い、つまみを買い、夕飯を買ってドアを開錠する。
鼻歌でも歌いたい気分だが、心と裏腹に身体は疲れきって限界を訴えている。

倒れ込むようにベッドに横になって、ぐにぐにと眉間を親指で押す。


「っあー……………………」


ぐっと伸びをすると、情けない声が漏れて、どろりと眠気が襲う。
お風呂もご飯も面倒くさいなあ。
せっかくの金曜なのに、もったいないなあ。
でも、このまま寝ちゃおうかなあ。
ぼんやり微睡む意識に、身を預けてしまいたくなる。
うとうとと目を瞑ると、ガチャリと扉の開く音がした。


「げ、なまえちゃん何やってんの!」


ひょこりと顔を覗かせたのは緑と青のお揃いのパーカーで、そっくりな顔にいつ見ても少しばかり笑ってしまう。


「ンン〜、お疲れかハニー?」
「ん……」


ずかずかと無遠慮に部屋の中に入ってきたチョロ松は床に落ちたコンビニの袋の中身を丁寧に片付けて、カラ松はベッドの隅に腰をかけた。


「どうしたんだ?ンン?服がシワになるぞ」
「うん……」
「お疲れモードだな、1週間お疲れ様」
「ん……」
「ねむいのはわかるが、とりあえず服を着替えような、ハニー」


カラ松そう言っていそいそと私の部屋着を取り出して、私に手渡す。


「めんどくさい……」
「明日困るのはハニーだぞ?ほら、いい子だから起きるんだ」


優しい力加減で両手を引かれて、ベッドに座る体勢にされる。


「ハニー、俺のいうことを聞いてくれよ。俺達に着替えさせられたくないだろう?ンン〜?」
「ん……着替えさせて」
「ェ」


自分から言ったくせに、耳まで真っ赤にして固まるカラ松と、私たちの話を聞いていたのか、たったままこちらを凝視するチョロ松と。
少し会話をしたせいか、さっきよりは薄れた眠気に、今のうちに着替えてしまおうかという気が起きてくる。


「私着替えるからあっちむいてて」
「……り、了解だ」


慌てて背中を向けるふたりに少し笑いながら、着ていた服を脱いで着替える。


「そういえばふたりとも、なんでここにいるの?」


ゆるいTシャツに腕を通しながら尋ねると、チョロ松がはあとため息をついて肩をすくめる。


「なまえちゃん今週忙しかったみたいだから」
「心配してきたんだ」


ふたりの言葉に、そっか、と呟いて、頬が緩む。
幼なじみの六つ子の中でも、こうやって世話を焼いてくれるのはこの2人だった。
何も言わなくてもわかってくれて、仕方ないなと笑いながら甘やかしてくれる。


「コンビニご飯じゃ栄養偏るでしょ。おかずもってきたからこれ食べて」
「風呂沸かすか。ハニー夕飯を食べて待っててくれ」


いそいそとチョロ松がご飯の用意をしてくれて、カラ松は風呂場に姿を消す。
ほかほか湯気の上がる、誰かの作ったご飯なんていつぶりだろう。
ぱくんと口に含むと、じわりと暖かい味が広がる。


「おいしい」
「よく噛んで食べなよ」
「ん」
「それカラ松と僕作ったヤツ」
「え、うそ」
「そんなことで嘘つかないでしょ」


しっかり味の染みた煮物をもぐもぐと咀嚼すれば、チョロ松が眉を下げて笑う。
風呂を洗い終えたらしいカラ松は、チョロ松と反対側にあぐらをかいて、何が楽しいのかニコニコ笑う。


「カラ松なんかいいことあったの?」
「え?」
「にこにこしてる」
「あ、ああ、うーん、そうだな」


ゆるりと視線を落として、顎に手を当てて首を傾げる。
そのあいだも箸を止めることなくもぐもぐ口を動かせば、カラ松は楽しそうに笑った。


「うん、自分が作ったものを美味しそうに食べてくれると、嬉しいな」
「そうだね」


笑い合うふたりに、ちらりと料理に視線を落として、おいしいよ、と何度だって言う。
ふたりは少し頬を染めて、ありがと、と照れたように笑った。



カラ松が洗ってくれたお風呂に入って、ぽかぽかした身体で部屋に戻ると、ドライヤー片手のカラ松がこいこいと手招きをする。
大人しくカラ松の足の間にお邪魔すれば、ごおおとドライヤーのスイッチがはいった。


「なまえは髪が綺麗だ」
「そうかな」
「ん、俺はそう思う」
「僕も綺麗だと思うよ」
「……ありがと」


やけに優しくしてくれるふたりに気恥ずかしさを覚えながらも、大人しく頷くと、満足げに笑われた。


「よし」
「かわいた?」
「なまえちゃん、じゃ、もう寝るよ」


チョロ松がベッドをポンポンと叩いて、掛け布団を捲りあげる。
え、と困ったように視線をさまよわせると、いいからおいでと催促された。


「寝るまでここにいるから、今日はもう寝て」
「え、でも」
「なまえ、言うこと聞いてくれ」
「う、」
「……今週、死にそうな顔してたなまえちゃんのこと、心配なんだよ」
「頼む」


懇願するような瞳に、そろそろとベッドに潜り込めば、ふたりは安心したように笑う。
電気をオレンジにして、チョロ松がそっと手のひらを握って、カラ松がゆるゆると髪をなでて。


「おやすみ」


柔らかく笑むふたりに返事を返して、そっと瞳を閉じる。
自覚はなかったがもう限界ぎりぎりだったようで、すぐに眠気が襲ってくる。
わかっててくれたのかな。
優しい幼なじみにありがとうとつぶやくと、小さく笑い声が聞こえた気がした。





四万打企画のものでした

うたかた