君と一緒に−2


中間テストが終わった頃、正式に進路希望調査が始まった。紙が配られ、正十字学園の名前を書く。
それを、その日の夜に真由美に見せた。


「母さん、これ。進路希望調査」

「あらあら、もうそんな時期?決まったの?」


晩御飯に使った皿を片しながら、朝祇が持つ紙を真由美は目を凝らして見る。日頃から老眼鏡が欲しいとぼやいているため、見づらいのだろう。


「正十字学園…って、東京の」

「うん。この前言ったように、全寮制の学校にした。どうしてもここで勉強したいことがあるんだ」


祓魔師になることは言おうか迷ったが、やめておいた。悪魔なんて言っても信じてもらえるか分からないし、信じてもらえたとしても心配をかける。いらない心配はさせたくなかった。


「奨学金ももらえるし。特待生になれば全額もらえるんだけど、うちは母さんが用意してくれた大金があるだろ。本当に家計が大変なとこに枠が優先された方がいいだろうって思って調べたら、学校のシングル向けのがあったんだ」


特待生はなろうと思えばなれるだけの学力があるが、それはもっと優先されるべき人達がいる。朝祇の家にはシングルマザーながら真由美が用意してくれた分があるし、シングルマザー向けの返済不要のものがあったからそちらを得る。それに、そもそも祓魔塾がメインであるため、学園そのものにはそこまで力を入れるつもりがなかった。


「母さんから離れるのは寂しいけど、俺、頑張りたいことがあるんだ」

「…そう、それなら、あなたのしたいようにしなさい。前にも言ったけど、母さんはあなたの選択肢を最大限にしたいの。頑張りなさい」


少し寂しげに笑った真由美だったが、その声は力強い。前と違い、明確にやりたいことがあると聞いたことも、真由美にとっては安心できる材料であるようだった。
ここまで言ってもらったのだから何がなんでも受かる、と決意を固めていると、スウェットのポケットで携帯が振動した。

開いてみると、廉造からのメールだ。


『大事な話がしたいから、学校来てもらってもええ?』


珍しく、廉造にしては強めの要望だ。少し不安に思いながら、すぐに了承のメールを送る。


「ちょっと友達と会ってくる」

「いってらっしゃい。あまり遅くならないようにね」


一言伝えてから、朝祇はすっかり夜の帳に包まれた街へと出た。


***


学校に着くと、閉ざされた門に寄り掛かるようにしてジャージ姿の廉造が立っていた。一応ジーンズとシャツに着替えた朝祇は、いまだ地元感覚でこの街にいないことを実感する。


「廉造、」

「おお、朝祇、すまんなぁこんな時間に呼び出してもうて」


声をかけると、廉造は破顔して駆け寄る。そして、廉造に促されるまま少し歩き、学校の裏手にある人気のない道で古びたバス停の椅子に座った。
夜の静けさと虫の鳴く声、遠くからは車のエンジン音や時折救急車のサイレンがする。


「…あんな、朝祇。俺、スパイやることになったんや」

「……スパイ?」


廉造が話し出すのを待っていると、意を決したのか急に切り出した。その内容は、おおよそ日常では聞かれない言葉。


「おん。今日、フェレス卿が来はって、俺に頼みはったんや。正十字騎士團の者として、"イルミナティ"っちゅう組織に潜り込むんやって」


廉造は、志摩家が本尊とする上位悪魔、夜魔徳を使役できるそうだ。そのため、まだ中学生ながら実力だけならトップクラスらしい。それを聞いたときに感心したところ、黄龍を宿す朝祇も同じレベルだそうだが。
だから、メフィストに頼まれてスパイをやるというのは、不自然ではない。


「どんな組織なんだ…?」

「サタンの息子で八候王最大の力を持つ、光の王ルシフェルが総帥を努める秘密結社や。サタンの復活と、それによる虚無界と物質界の融和を目指しとる」

「そんなことやってるのがいるのか…」

「おん。イルミナティはひどい人体実験をして不老不死の薬を開発しとって…島根にある稲生大社の神官のとある血縁者一族もその対象なんやて。その娘が同い年で、正十字学園に来るらしいねん。俺は諜報員としてイルミナティに潜入して、その娘の監視として学園に行く、ちゅう任務に就くんや」

「…もう、やることは決めたんだな」


あまりにも壮大で現実味のない話だったが、そんなものはここ半年で慣れてしまった。この世界は、そんな訳の分からないもので満ちている。


「…俺は、明陀宗の柵から解放された生活もしてみたいねん。正十字騎士團のスパイなら、明陀宗のことは気にしなくてええやろ?」

「…俺には、何が正しいのかなんて分からない。けど、廉造がやりたいことやって無事に生きててくれんなら、何でもいいよ。例えどんな状況になっても、味方でいる」


少し冷たい夜風がバス停を吹き抜け、つい薄着で来てしまった朝祇は言い終わるとくしゅん、と小さくくしゃみを漏らす。廉造は苦笑して、来ていたジャージの上着を着せてくれた。シャツだけになってしまったが、あまり寒くなさそうにしていた。


「ありがと」

「ええよ、俺こそ堪忍なぁ」


そう言うと、廉造はそっと朝祇の肩をだきよせた。特に抵抗はせず、されるがまま廉造の肩に頭を乗せた。


「…スパイやるからには、朝祇のこと、危ない目に遭わしてまうかもしれへん。正十字騎士團よりも、イルミナティよりも、君のこと優先して守るけど…何が起こるかは分からん」

「そうだな」

「せやけど…そないなこと、分かってんねやけど、それでも、俺は君とおりたい。危険やと分かっとっても、一緒にいて欲しいんや」


朝祇の肩を抱く廉造の手は震えている。本当は怖いはずだ、いくら上位悪魔を使役できようと、廉造は中学生だ。スパイなんて、性に合っていたとしても気楽なものでは決してない。


「当たり前だろ。廉造となら、どこへだって行くよ」


だから、一人には絶対にしない。どんなに危険なところだろうと、朝祇は廉造の隣に立つ。そう決意して、廉造の手を握った。


君となら、どこへでも。
どんなときでも一緒にいよう。
そう覚悟を決めた、中3の秋だった。


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