料理をしよう−1
料理ができる男はモテると言われて久しい。一方で、あまりにもできすぎると女子の立つ瀬がなくなるとも言われている。
燐はもしかしたら後者かもしれない、と、旧男子寮の厨房で手際よく料理に勤しむ姿を見て千秋は思う。
まぁ、そもそも燐はチンピラ感が出ていてお金持ちの学園ではモテないし、さらに言えばすでに千秋と付き合っている。
まったく千秋は料理ができないため、ちょうどいいんじゃないか、なんて思える。
「秋、早く用意しろって」
「あっ、はい」
と、そこで燐に急かされた。実は、そんな料理ができない千秋は、燐の手伝いをしに来ていた。京都組とすき焼き会をするためだ。手を洗い、揃いの紺色のエプロンをつけ、いよいよ厨房に立つ。ちなみに、ウコバクは休みをもらっているそうだ。
「まずはジャガイモを潰してくれるか?俺はすき焼きの具材カットすっから」
「え、ジャガイモ?すき焼きに?」
「ポテサラ用だっつの」
どうやらポテトサラダを付け合わせにするらしい。すでに皮を剥かれたジャガイモがボウルにゴロゴロと鎮座している。
「そのスパチュラ使ってとにかく潰してくれ」
「え?なんて?」
「…、そのヘラみてえなやつ。木の方な」
料理で使うヘラのことを総じてスパチュラというらしい。素材は限定されていないようだ。木のスパチュラを持ち、ボウルを左手で掴む。とりあえずポテトサラダ用に潰せばいいのだから、ぐちゃぐちゃにすればいいんだろう。
固そうだから力を入れよう、とスパチュラを直角に降り下ろす。
ドス、とかガス、というような音が鳴り、ジャガイモがぽーんとボウルから1つ飛び出した。
「うおっ!?」
燐は驚いてキャッチする。途端に「あっちい!」と叫んでボウルにリリースした。
「千秋!どんなやり方したらジャガイモが宙を舞うんだよ!」
「こう…スンッと」
「ドスンッの間違いだろ!丁寧にな?やろうな?」
「はーい」
言われた通り、特に力まずスパチュラを入れると、普通にジャガイモは2つに避けた。そんな硬く感じない。この調子でどんどん分裂させていけばいいんだろう。
やがてかなり細かくなってきて、細分化しようがなくなった。だが、あのポテトサラダのような見た目ほど細かくもない。ここからどうしようかと考え、スパチュラの向きを変えた。
こんな平たいものを使っているのはきっとワケがある、という考え方だ。
つまり、スパチュラの平たい面で押し潰すのだ。細かくなった粒をまとめてぐちゃぐちゃにできるはず。
ボウルの側面とスパチュラの平面でぎゅっと押し付けていくと、最終的にボウルの内側がジャガイモでコーティングされたようになった。思ってたのと違う。
「燐……」
「おーできたかーってはぁ!?なんでそうなった!?」
「潰していったらパンゲアみたいになった。ジャガイモの超大陸や〜」
「武者小路君麻呂か!」
「綾小路ね?それ実篤だから」
「なんでもいーわ!!あーもー、潰すだけだろ!!」
燐はチンピラ丸出しで怒鳴る。ふざけたのは最後だけで、ちゃんと潰している間は真面目にやっていたのだが、燐はキレている。
「…そんな怒んなくていいじゃん…」
自分のできなささを痛感し、役に立てていない自覚はあるものだから、怒られることそのものに対しても悲しいし、迷惑をかけてしまっているのもやるせない。燐は怒るのをやめ、少しばつが悪そうにした。
「…わりぃ、言い過ぎた。教えてやるから」
燐はそう言うと千秋の背後に立った。そして、そのまま抱き込むようにボウルとスパチュラを千秋の手ごと持った。後ろから抱き締められているかのような体勢だ。燐の節くれだった手に包まれた両手に熱が伝わる。
「〜〜〜!?」
「いいか?こう、空気を含ませる感じで…」
燐は軽い解説をしながらかき混ぜ出すが、千秋は耳元で喋られることや、背中越しに燐の胸筋が動いているのを感じてそれどころではなかった。
そのうち調味料をぽんぽんと入れ始め、依然として燐に抱き締められるようにしている必要性が分からなくなってくる。
「そのはちみつ開けてくんね」
「え、あぁ、分かった」
すると、千秋の正面にある新品のはちみつを指差された。とりあえず開けようとするが、新品だからか、動揺しているからか、なかなか開かない。持ち手を変えたり方向を変えたりするもまったく開く兆しがなかった。
「貸してみ」
見かねた燐がやはり後ろからはちみつを奪い、そして簡単に開けてしまう。ぐぐっと力の籠った腕の筋肉が正面で晒されて、不覚にもドキリとしてしまう。
「よし、隠し味も入れたし、これでいいだろ」
どうやら隠し味だったらしいはちみつを片付けた燐はようやく離れた。思わずホッとすると、急に燐が近付く。そして、耳元で囁いた。
「すっげー照れてんの可愛かったぜ。あとで構ってやるから待ってろよ」
ニヤリ、と笑って燐はすき焼き鍋に取り掛かる。千秋はと言えば、最後の追い討ちに完全に顔を赤くしてしまったのだった。