5月の丘
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アルレシアの首都の北側には、街を見下ろす丘がある。
この丘から丘陵地帯が北側に向かって起伏を増していき、やがてアルレシア島の北部を覆う山岳に繋がっていく。
昔から国立公園として指定されていた大きな丘は、斜面に草原が広がる。
首都の街並みを見下ろす緑の斜面に、アルレシアとオランダは立っていた。
シャツにジーンズ、ストールというラフな格好のオランダは、吹き抜ける風にストールを揺らす。
時は5月、まだアルレシアは肌寒いくらいだが、オランダはそう寒そうにしていない。
アルレシアはシャツにカーディガン、スキニーパンツでしっかり防寒はしている。
「寒くねぇの?」
「お前とは鍛え方がちゃうんや」
「うるせー」
ぼす、とオランダの腹に軽いパンチを入れ、その固さに手に痛みを負い、手をプラプラさせながらアルレシアは斜面を下る。
斜面の草原は、風が吹く度に揺れて緑の香りをさせる。風が見える、とはよく言ったものだ。
その先には、首都の住宅街と高層ビル、さらにその先には外港まで街並みが続き、うっすら海岸線と北海が見える。
他のヨーロッパの首都に比べ、その市街地は新しい。
時期もあって、どこか心がざわついた。
ぱっと、振り返り、同じ場所からこちらを眺めるオランダに向かって駆け出す。
オランダが驚いた表情をするや否や、アルレシアはオランダに飛び付いた。
「おらっ!!」
「うお、」
足場が斜面だったこともあり、オランダもさすがに耐えきれず、後ろに倒れこんだ。
オランダの上に完全に乗っかる形になり、草の匂いが一気に増した。
それとオランダの匂いが混ざり、途端に眠気が首をもたげる。
「なんや、いきなり」
「んー、なんとなく?」
悪びれずに言えば、オランダは仕方ない、とばかりにため息をついて、アルレシアを抱き締めた。
力強く腕に抱かれ、オランダの胸元に顔を擦り寄せる。
「今日は甘えたやな」
「まぁ、な」
それ以上は言わないし、オランダも聞かない。そうしなくても分かることだった。
そのまま、しばらく沈黙が続く。
風がそよぎ、草が揺れる音、土や草の匂い、爽やかで柔らかい日差し、遠くから微かに聞こえる首都の喧騒、そんなものだけを感じた。
どれくらいそうしていたか分からないが、やがて、アルレシアはオランダの胸板に手をついて少し体を離し、上からオランダの顔を覗きこんだ。
すると、ぽたり、とオランダの頬に水滴が落ちる。
「………、おれ、幸せだよ」
「…俺もやざ」
哀しそうな、それでいて幸せそうな、そんな淡い笑顔で笑うアルレシアを、オランダは思いきり抱き締めて横向きになる。
そして腕枕状態になると、胸元にアルレシアを抱え込んだ。
なんら脈絡のない行動のようでいて、二人は正確に互いのことを理解していた。
アルレシアはオランダの腕の中で、静かに嗚咽を漏らす。
言葉はいらない。ただ、互いのことだけを想い、感じた。
今日は5月8日。
ヨーロッパ終戦記念日である。