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12月、アルレシアは久しぶりに数日の休みをもらい、オランダの家に来ていた。国ともなると、休みをもらったところで行きたいところもなく、結局だらだらと休むほかないのだ。
休みをもらえたということを、恋人たるオランダに伝えたところ、すぐに調整して同じ日数で休みを取ってくれた。

さすが、ワークシェアリングを成功させて週休3日が当たり前の国である。この話をするとアメリカと日本が泣くので、あまりアルレシアは口にしないが、オランダのこの生産性の高さと人生設計の豊かさは北欧とはまた違った良さがある。

こうして、アルレシアはアムステルダムのオランダの家にやって来た。アルレシアの首都から飛行機で一時間もしないうちに到着する。やろうと思えば日帰りも可能だ。

そして昨晩、アルレシアはオランダの家に泊まって、夜の行為で啼かされ、現在朝を迎えているところである。



***




「…だる……」

「Goedemorgen、アルレ。体大事あらへんか」

「それは大丈夫、だけどだるいわ〜」


ベッドの隣で体を起こしているオランダに気だるげに返す。アムステルダムは基本的に冬は曇りか雨・雪になることが多く、気圧が低めだ。特に今日は朝からどんよりと空気が重かった。
アルレシアの首都はここまで天候が悪くならない。
それに、2人の家はこの時期、日の入りが8時で日没が16時前後となる。日照時間の短さもまた、気だるさの要因となっていた。

うだうだとしていると、オランダはアルレシアの頭を撫でて起き上がる。


「タオルで顔拭きねま。コーヒー淹れんで」

「んー…」


オランダの大きな手に撫でられる心地よさを享受してから、アルレシアはのっそりと起き上がって、勝手知ったるオランダの家の洗面台でタオルを取り出し顔を拭いた。
ようやく意識がはっきりとすると、リビングに戻る。

リビングのソファーでは、ローテーブルにミルを置いて、オランダがゴリゴリと豆を挽いていた。木製のミルは直しながらずっと使っているもので、恐らく半世紀以上は使っている。これも国あるあるで、いつの間にか使っている道具が年代物になっているのだ。
年末が近いが、大規模な掃除をしようとすると、必ず博物館から出て来たものの査定をさせて欲しいと依頼が来て、数年に一度は掘り出し物が出てくる。


「あー、やっぱコーヒーの匂いっていいな」

「ほやの」


気圧が低いと副交感神経が乱れ、交感神経とのバランスがとりにくくなり自律神経全体が乱れる。自律神経は乱れると頭痛やだるさなどにつながり、この自律神経がひどく乱れると、躁鬱や鬱病になってしまうのだ。
副交感神経を癒す方法のひとつがコーヒーで、コーヒーの香りだけでも効果がある。カフェに入ってコーヒーとチョコレートを取り入れるか、自宅できちんとコーヒーを淹れると良い。

オランダはアルレシアの様子を見て、わざわざミルまで出してくれたようだ。いつもはさすがにコーヒーメーカーを使っている。コーヒーが比較的濃い味になるオランダでいつもの味にするには、結構な量を挽く必要があるはずだ。それでもやってくれているのは、すべてアルレシアのためである。

そういう優しさに堪らない気持ちになったアルレシアは、ソファーに向かうと、オランダの足の間に腰を下ろした。ミルを支えてハンドルを回す両腕の間に強引に入って来たので、オランダはいったん手を離してアルレシアを受け入れる。
アルレシアはもぞもぞとしながら定位置を探し、オランダの足の間で、横向きになって体の左側をぴたりとオランダの上体にもたれさせた。

屈強なオランダはそれくらいで動じるはずもなく、アルレシアが落ち着くと再び左手でミルを支え、右手でハンドルを回し始めた。豆が砕ける音と、ハンドルの木と金属が軋む音が響く。同時に、コーヒーの芳しい匂いが濃く漂った。

それを感じながら、アルレシアはオランダの胸板に顔を預ける。オランダの腕が動くのに合わせてその筋肉も動き、昨晩からずっと嗅いでいるオランダの匂いを感じる。

その匂いと温もりと、安心するオランダの腕の中という状況、そしてミルによって挽かれるコーヒーの香り、オランダの優しさ、すべてを五感で感じられるからか、曇天の気だるい朝も、まったく気にならなくなった。

気分が浮上するのに合わせてオランダの逞しい首筋にキスをひとつ落とすと、オランダもお返しとばかりにアルレシアの額にキスする。

愛と幸せを絵画で表現するなら、案外こういう時間を描くものなのかもしれないな、とアルレシアは柄にもなく思うのだった。


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