寄りかかる
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どうしようもない疲れというものがある。
何をしても取れないのだ。それはきっと、心に疲れが溜まってしまい、ドロドロと沈殿し、身体的リフレッシュでは掬いきれないようなものである。

胸に何かがつっかえたような、ダムのように塞き止められているような。
どうやってそれを吐き出せばいいのか分からず、何かに当たり散らしたい。

そんな疲れを感じてしまったアルレシアは、ふと、もう頼るしかないと頭に浮かんだ人物のところを目指すことにした。
大陽のように晴れやかで温かく、おおらかに何もかも受け止めてくれる。思いきり寄り掛かっても笑って包容してくれる彼のところに。



***



「スペイン、いるか」

「おー、アルレやーん!どないしたん??」


アポもないのに訪れたが、スペインは屋敷の玄関脇で花に水をやっていた。スペインといえど、春のマドリードはそう暑くない。程よい気候のなか、のんびりとじょうろを傾ける姿は牧歌的で、ひどく落ち着いた。

スペインはアルレシアを見ると朗らかに笑い、じょうろを置いてこちらを向いた。


「…スペイン、疲れた」

「そうなん?じゃあ親分が元気の出るおまじないしたるで〜」

「……頼む」


そう言うと、アルレシアは思いきりスペインに抱き着いた。勢いがあったはずだが、スペインは難なく受けとめる。
アルレシアはスペインの鍛えられた肩に顎を置き、ぎゅっと背中に手を回す。

おまじないを断られなかっただけでなく自ら抱き着いてきたアルレシアに、スペインも察したらしい。優しく抱き締めてくれた。


「…ホンマに疲れてもうたんやなぁ」

「…ごめん、こんな、自分勝手に」

「嬉しいで、アルレが来てくれて。今日はぎょうさん甘やかしたるからな。…おいで」


スペインが柔らかく囁くと、アルレシアは頷いて返す。するとスペインはアルレシアを抱き上げ、屋敷の中に入っていく。誰も見ていないため、されるがままだ。
そのままスペインは寝室に入ると、ベッドに横たわる。
腕枕される形で横になると、逞しい胸板に顔を軽く押し付けられ、漉くように頭を撫でられる。


「よぉ頑張ったなぁ、アルレ。こんなんなるまで、ぎょうさん働いたんやろ?いつも頑張っとるもんな」

「……スペイン、」

「うん」

「スペイン、」

「ん」


ぎゅ、としがみつく。頭から背中を摩るように手が動き、あまりに優しい空間に包まれる。


「…スペイン、元気が出るおまじないは?」

「あ、せやね。ふそそそそ〜」

「…くく、ほんと、なにそれ」


相変わらず気の抜けたおまじないだ。スペインは「え〜?」と不思議そうにしている。しかし、この変なおまじないがアルレシアを久しぶりに笑顔にさせた。


「でも元気出たやろ?」

「まぁまぁな」

「え〜、ごっつ元気なるやろ〜」

「まぁまぁなー」


なおもクスクスと笑いながら言えば、スペインも柔らかく微笑んで返す。スペインに抱き込まれ、暖かくて落ち着く。


「…もう少しで、元気出る」

「もっとおまじないすればええん?」

「いや……キスしたって?」


顔を上げて目を合わせると、スペインは少し目を見開く。そして、間髪入れずにアルレシアの唇にキスを落とした。啄むようなバードキス。


「へへ…」

「…かわええな、ホンマ」


嬉しくなって体温が上がる。その気持ちのままに胸元に顔を寄せた。
それにスペインは低く濡れたような声で囁いた。だが、疲れはてたアルレシアに配慮してそれ以上は求めてこない。その優しさがくすぐったかった。

大陽の匂いが包み込む空間で、アルレシアはそっと目を閉じた。ざわついていた心は、穏やかな午後の地中海のように凪いでいた。


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