庇護欲
−1
「アルレシアってホラー得意だと思う?」
きっかけは、そんなフランスの言葉だった。
とある居酒屋にて、悪友トリオが久々の晩酌を交わしていたときのことだ。
「なんなん?いきなり」
普段自分が突拍子もないことを言い出すくせに、 スペインが不思議そうに 尋ねる。
「いやぁ、この前女の子と話しててね、やっぱり吊り橋効果って有効だねってなったの思い出してさ。もしアルレシアがホラー弱かったら、どさくさに紛れていい感じになれるかも?って思って」
「フランスお前!…天才か」
ビールのジョッキを持ったまま、プロイセンは至極真面目に称賛した。
スペインもケラケラと笑い賛同する。
「そらかわええなぁ、そのまんまお持ち帰りしたいわぁ」
「よし、そうと決まればさっそくアルレシアホラードッキリ作戦決行しよう!」
「おー、ついでにヴェストがホラー得意なのかどうか冷戦終わってからもずっと教えてくんねぇから試していいか〜?」
「プーちゃん…」
ぽろりと明らかになった兄弟事情にスペインは微妙な顔をしたが、フランスが「ドイツの焦る顔見れたら最近の鬱憤晴らせるかも」と賛成したため、ドイツも被害者となることが確定した。
こうして、イタズラには全力になるタイプの3人のドッキリが始動した。
***
「フランスのやつ、なにやってんだ」
「約束の時間を10分20秒過ぎたぞ…」
「…その端数いるか?」
フランスのとあるホテルにて、フランス、ドイツ、アルレシアでアンチダンピング措置緩和についての協議をするという名目で集まったドイツとアルレシア。
実はこのホテルは今日は貸し切りで、フランスたちによって様々な細工がされていた。
そうとも知らず、二人は待っている間に最近の情勢について話し始め、会議室はしっかりその用途をすでに果たしていた。
「ひょえ〜、ようあんな小難しそうな話すんねんな」
「…俺様はお前の今後が心配だぜ」
「プーちゃん優しいやん今日」
「はいはいそこのバカ二人、そろそろ始めるよ」
フランスは呆れたように言い、流れるように自分のことを棚にあげた。3人は別室で複数のモニターを使い、プロジェクトを見守ることにしている。
諸々の確認を終えたフランスは、モニターに写し出された二人を最後に確認し、ボタンを押す。開始だ。
突然、部屋の照明が落ちた。
音もなく真っ暗になったことに、アルレシアとドイツの会話は瞬間で途切れた。ゆっくりと二人は立ち上がり、椅子が動く音が響く。
「…停電、か…?」
「ドイツ、スマホ出せ」
アルレシアは冷静にスマホを起動すると、カメラ用のライトを点灯した。
ドイツもそれに習いスマホのライトをつける。
一気に辺りは光に照らされ、室内も概ね目視できた。
「スタッフ待つ?」
「そうだな…向こうも動かれたら迷惑だろう」
二人はとりあえずその場に待機することを選び、椅子に座り直した。
すると突然、廊下から女性の悲鳴が響いてきた。
それにはさすがの二人も驚き、再び立ち上がる。
二人の脳内には様々な事件性が浮かんだが、直後に響いた不気味な呻き声にフリーズする。
「……は?」
耳を疑ったアルレシアは思わず声を出してしまった。
怪我を負うなどして上げるような呻き声ではなく、何か、異常だと分かるものだった。
しかも、その呻き声はだんだんと近付いてくる。声の合間には、苦しそうな喘ぎと、息を吸ったり吐いたりする度に粘着質な水滴が垂れる音がする。
ドイツは非常に混乱していた。
なにか、テロリストや強盗のような事件を想定していたが、明らかに近付いてくる存在はそんな高度な目的意識を持っているようには感じない。
さらにその存在は、異常な呼吸や声をしている。そう、生きる人間が出すようなものではない。
寒気すら感じる中で、ドイツは今の状況を説明できる科学的根拠がなく、何が起こっているのか、混乱だけがあったのだ。
しかし、ふと左腕に温もりを感じて思考が止まる。
「ド、ドイツ…」
声の主はアルレシアだ。
アルレシアが、ドイツの左腕にしがみつくように抱きついていた。
「アルレシア…?」
「わ、悪い、でも…どうしよう…」
ドイツは理解に少々時間を要したが、とりあえずアルレシアが自分に抱きついていること、そして、怯えていることは事実として受け止めた。
何となく、アルレシアなら「先手必勝」とか言ってさっさと突き進んで立ち向かいそうなものだが、そんな様子はない。
というか、そもそもアルレシアが何かに怯える様を見たことがなかった。
その上、アルレシアはドイツを頼り、すがっている。
それらを理解した途端、ドイツの脳内では急速に混乱が収束し、代わりに「守らなければ」という庇護欲が沸き上がった。
その勢いに任せ、ドイツの口は勝手に動いていた。
「大丈夫だ、アルレシア。…お前は、必ず俺が守ると約束しよう」
「ドイツ…?」
ぐいっと抱き寄せられたアルレシアは、ドイツの温もりに包まれ、恐怖が遠退いていくのを感じた。
きっと大丈夫だ、そう思えたのだ。
「ドイツ、俺、」
「待ったぁぁぁああ!!!」
バツン、といきなり明かりがつくなり、扉が思い切り開いて何人かが雪崩れ込む。
「うわっ、」
アルレシアは驚いてさらにドイツにしがみついてしまったが、入ってきたのが見慣れた3人であることに気づきポカンとする。
「なにいい感じになってんの!?させないから!!」
フランスが先頭で叫ぶ。
「せ、せやで!ドイツそこ代わったって!」
スペインもその後ろで焦ったように言った。
「ヴェストお前!お兄様差し置いてアルレシアを守ろうなんざもう10世紀待て!」
プロイセンはドイツを指差して言ったが、その頃には優秀なドイツとアルレシアの脳は何が起きていたのか理解していた。
「全部お前らの仕業だな…?」
アルレシアはドイツから離れ、ボキボキと拳を鳴らす。
ドイツも無言で圧を放ちながら肩を回した。
3人はそこでようやく失態に気づいたが時すでに遅し、ホテルには 3人の悲鳴が響いた。
床に沈んだ3人をそのままに、アルレシアとドイツはエキストラをやっていたホテルの従業員の平謝りを 流し、外に出た。
車に向かいながら、爽やかな風に当たってようやく二人も落ち着く。
「あー…なんか、恥ずかしいとこ見せたな」
アルレシアは自身の言動を思い返して少し死にたくなったが、ドイツは何でもなさそうに「いや、」と返す。
「少し意外ではあったがな、アルレシアは素手で幽霊に挑みそうだ」
「どんなだよ、武器は持つわ」
「挑みはするんだな…」
少しずれた答えにドイツは呆れるが、アルレシアはきちんと答えるつもりのため、話を続ける。
「ほら、俺ってイギリスとノルウェーに挟まれてるだろ?だからさ、昔はその、俺も見えてたんだよ、妖精とかそういうの」
「そうなのか?たまにあの二人が何もない空間に話し掛けているのはそういうことか…」
「そうそう。だから、結構その、非科学的って分かってても、そういうこの世ならざるものって…昔から苦手なんだ」
1600年くらい前からだけど、なんてアルレシアは苦笑する。
小さい頃に脅かしてきたりした妖精やら何やらに怖がって、今に至るまでのトラウマのようになってしまっていた。
武器を持った武装集団の方がマシだ。
「誰しも苦手なものくらいあるさ」
ドイツはフォローしようとしたわけで言ったわけではないらしい、本当にそう思って言ってくれているようだった。
ドイツもバレンタインの件のようにイタリアとトラウマ級のことを仕出かしている。色恋沙汰がドイツの不得意分野なのだろうか。
だがしかし、先ほどのことを思い出し、そうでもないよな、とアルレシアは思い至る。無意識に、手が左胸を押さえていた。
「あぁ、でも」
「…?」
アルレシアが足を止めると、ドイツも止まる。
「守ってやるって言ってくれたのは、かっこよかったよ」
そう言って照れたように笑うアルレシアの少し赤い顔を見て、ドイツは先ほど感じたような強い感情が沸き上がるのを覚えた。