初恋の人
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古代ローマ、ゲルマン、ギリシャと夢主
CPなし
「なんだ、ここ」
何もないただっ広い空間。
白い世界
それだけしか形容しようがない。
「夢か…?」
「どうでしょうね」
突然背後から女性の声がした。
振り返ると、白い布を纏った美しい女性。顔立ちは彫刻のように掘りが深い。
「夢かもしれないし、そうでないかもしれない。あなたはどっちがいいかしら?」
「…どっちでもいい。案外、いきなり俺は滅んだのかもしれない…あんたのようにな、ギリシャ」
「ふふ、覚えていたのね」
女性、古代ギリシャはおかしそうに笑う。
現在のギリシャの母親で、最盛期を現出した人だ。
古代ギリシャはローマに支配されたが、文化はギリシャ文化がローマを支配した。
ヨーロッパに脈々と続く文化、思想の源流だ。
会ったことはないが、その文化の伝播で存在は知っていた。
彼女もまた、アルレシアの存在は知っていたのだろう。
気付いたら歴史の舞台からいなくなっていた。
「で?あんたこんなとこで何してんだよ」
「子供や今の子たちの様子を見に来たの、神様に頼んで」
「へぇ」
「他にも…あぁ、ゲルマンが来たわね」
ギリシャの視界を辿ると、さっき何もなかった場所にゲルマンが立っていた。
とは言っても、どこもかしこも同じ風景だから、本当に何もなかったかは分からない。
「……アルレシア」
思い出したように言うゲルマンに苦笑する。
「会うのは初めてだな…ギリシャもだけど」
「ん」
ゲルマンとも会ったことはない。
ただ、近い場所に住んではいたから遠くから見たことはあった。そもそも、アルレシアにはゲルマンの血も多く流れている。
名前を知っていたから、アルレシアのことも知っていたんだろう。
「ゲルマンは孫大好きだからよく様子見に行かせろって神様に頼んでるのよ」
「あー、あいつらか…」
西欧や北欧の面々を思い浮かべる。
アルレシアにもゲルマン系はいたが、記録がなく詳しいことは分かっていない。
ただ、文明のあけぼの期にはゲルマン系がかなり多かったため、見た目はゲルマンに近い。
「あのうるさい男は一緒じゃないの?」
「…来る」
「え…」
アルレシアはギリシャたちの会話に顔を上げる。
「まさか、」
「そのまさかなんだなー」
おちゃらけた声。快闊な喋り方。
「ロー、マ…」
「久しぶりだなぁアルレシア!」
大股でこちらへ歩み寄り、わしゃわしゃとアルレシアの頭を撫でる。
「綺麗に格好よくなったもんだなぁ」
アルレシアは呆然としたままだ。
「驚いてるわよ」
「ん?あ、わり」
手が離れるとようやくアルレシアは意識を引き戻し、もう一度ローマを確かめる。
「マジで…?」
「おーマジマジ」
初めて会った同類で、ローマ消失後は300年に渡りアルレシアは孤独だった。
また来ると約束したはずのローマがそうなったことは一種のトラウマで、戦争の度に国が消えるんじゃないかと中世までは思っていたものだ。
国民国家という概念が生まれると国は消えることはほとんどなくなり、ポーランドのように不死鳥のごとく蘇ったり、プロイセンのように今だ存在し続けたりしている。
「ごめんなアルレシア、約束守れなくて」
「別に…仕方ない」
「寂しかったかー?」
なんてな、と笑うローマ。
だが、ギリシャの「あら、大丈夫?」という言葉でギョッとする。
アルレシアが泣いていたのだ。
「寂しかっ、たに、決まってる…!」
ローマは困ったように笑い、アルレシアの涙を拭う。
「ほんとごめんな」
「いい…お前らの子孫と楽しくやってるから…」
泣きながらも笑みを浮かべたアルレシアに、三人は顔を見合わせた。
「もうヨーロッパに古代から残る国はないわ」
「ん……」
「アルレシアだけがまだ生きてる。だから、孫たちを頼むな」
ローマは頭を一撫でして踵を返す。その背中は、かつてと同じくらい大きかったけれど、記憶の中よりも見る位置が高くなっていた。
「ん、頼んだ」
「子供をお願い」
ゲルマンとギリシャも去っていく。
―――任せろ。一人を救ってくれたやつらのために。
それは声になることはなく、急速に意識が混濁した。
「アルレシア!」
ドイツの怒鳴り声が聞こえて起き上がる。
今はヨーロッパ会議。EUに関係なく欧州で開かれている。
珍しく寝てしまっていたようだ。
「それで、ギリシャの問題についてだが、」
本人がふわふわと何かの考えに耽っているまま、よその国たちが総合的な議論を始める。
「資金が足りないな…」
ドイツは書類と睨めっこをした。
「あー、んなら俺が出す」
え、と周りの国たちはアルレシアに注目した。
「どうしたんだよ急に」
イギリスが不思議そうに言うと、アルレシアは笑う。
「頼まれたからな」
「誰にだよ」
「ギリシャの母親、ドイツたちの爺ちゃん、あとは…………初恋の相手、だったりしてなぁ」
一瞬沈黙が下りると、すぐ喧騒に包まれた。
「おいどういうことだアルレシア!」
「お兄さんは遊びだったのね!」
「誰なーん?」
途端に騒ぎ始める彼らを横目に、アルレシアは目を閉じる。
もう一人じゃない。
いつか来る"その時"まで、彼らに寄り添おう。
どこからか一陣の風が吹いた。