結婚しよう
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2000年12月、いよいよ20世紀が終わろうというときに、アルレシアの家の扉は荒々しく開かれた。
昼間からワインを飲んで休んでいたところへやって来たのは、 オランダ。
「アルレ!結婚しよっせ」
「………はぁ?」
その手には婚姻届、そしてテレビからは、『オランダで世界初となる同性婚法が可決されました』とニュースが流れていた。
***
それまでにも、欧州において同性婚は容認されていたところはあった。登録パートナーシップ制度といって、ある程度の同性カップルの権利が認められる形である。世界に先駆けてそれを行ったのはデンマークで、スウェーデンやアイスランドも1990年代から行っていた。
しかし、やはりそのような行政におけるレベルでのものと立法は異なる。できることの幅が違うこともそうだが、国としての姿勢に関わるからだ。
その意味で、オランダにおいて立法されたのは、人類史においても非常に大きな意味を持つものだった。
「いよいよこれで俺とアルレの間の壁はあらへん。結婚するで」
「いや…いやいや、俺ら国だろ…つか、もう結婚したことあんじゃん」
「ほういうことやない!国やなんやて、ほんな問題やあらへん。俺と、アルレの問題やざ」
真摯に見詰められ、少しドキリとする。個人として、かつての同君連合のような形ではなく、ということだ。手を握られて返答に困る。
「…俺ん家でも議論はする。制度の問題は解決しといてやるから、あとはお前次第だ」
「アルレ…」
国際結婚は両国の国内法に則っていなければならない。一応それは解決するから、オランダ次第である。
それから5年、また扉が開かれる。
「アルレ〜!お待たせ、結婚しようや〜!」
「は……?」
今度はスペインが押し入ってきた。その手にはやはり婚姻届。2005年、スペインでも同性婚法が成立したのだ。
ソファーに座るアルレシアを後ろから抱き締め、婚姻届を眼前に持ってくる。
EUとのFTAを巡る議会の紛糾や政権交代によって、アルレシアではまだ法整備が追いついていないのが現状だ。
「や…俺まだできないし」
「法整備できたら結婚してくれへん?」
「オランダにも言われたから先にそっちで調整してくれ」
「えっ」
間違いなく戦争になりそうなことを言えば、スペインの顔が引き攣る。うん、このバトル・ロワイアル式がいいな、とアルレシアは一人ごちた。
その後2006年にアルレシアでも同性婚が可能になるとオランダとスペインの小競合いが加速した。
さらに2008年にノルウェー、2010年にポルトガル、2012年にデンマークも法案が可決され、相次いで結婚を申し込まれた。ポルトガルはノリであわよくば、といった感じだが、デンマークとノルウェーは本気で押し掛けてきていた。
「俺が先やさけ、引っ込みねま」
「順番やなくて愛やろ〜!」
「おっ、珍しく俺もスペインに同意やで〜」
「アルレシア〜俺と結婚してくんろ!」
「あんこうるせ、おめは黙っとけ」
北海組とイベリア組が火花を散らす。偶然にも同じタイミングでアルレシアの家へやって来たのだ。仲がいいな、とはさすがに思うだけである。アルレシアは黙ってコーヒーを飲んでいた。
そこへ、さらに騒ぎを大きくする奴らがやって来た。
「アルレシアお待たせ!お兄さんついにやったよ!」
「うっせえヒゲ!アルレシア、今度は個人的に結婚しよう」
2013年に同性婚が可能になったイギリスとフランスである。同じ年に可決とはこちらも仲がよろしいことだ。
2人は先着組の喧噪に呆然としたあと、勇んで加わっていった。
「もっかい30年戦争する気かこいつら」
そうタメ息をついたところへ、遠慮がちにやって来るやつがひとり。
「あー…やっぱりこうなってますよね」
「ルクセンか」
2014年に同性婚法が可決されたルクセンブルクだ。隠れていない右目をぱちくりとして、騒ぐ国たちを眺める。
「一応僕も申し込みに来たんですけど…倍率すごいですね」
「そもそも求人してないけどな」
「争ってないで直接落としに行けばいいのに…」
「はは、ルクセンは分かってるなぁ」
アルレシアの思っている通りのことを言ったルクセンブルクの頭を撫でてやると、右目を細め、ルクセンブルクはソファーに乗り上げてくる。思わずされるがままで押し倒されると、普段からは想像できない雄っぽい笑み。
「油断大敵ですよ、アルレ兄さん」
「何やっとんじゃルクセン!!」
気付いたオランダが慌ててルクセンブルクをどける。まさかの事態に鼓動を速めながら、けろっとしているルクセンブルクから少し離れたのだった。