真夜中の海月
想像できうる限り、最悪の振られ方をした。
「だってお前、全然気持ちよさそうにしねぇじゃん」
責め立てるように言った男の声を、未だに覚えている。彼が抱き寄せた女が困ったように、けれどどこか優越感に浸った瞳をしていたことも。
当時、A級の部隊だったわたしたちに与えられていた隊室。手縫いのぬいぐるみだとか、ゲームセンターの景品だとか、小説や漫画本とか。各々の持ち物が散りばめられた部屋の中で、
「ふざけんなよ殺すぞ!」
責められたわたしより先に、わたしの隣にいたチームメイトがそいつにキレた。胸倉を掴んで、思い切りぶん殴る。わたしはそれを、ぼんやりと眺めた。殴られた男は生身だったらしく鼻血を流して、早く止めないといけないはずだったのに体は動かなかった。偶然通りがかった太刀川が殴っていたわたしのチームメイトを羽交い絞めにしたことで大きな怪我には至らなかったらしいが、あの時彼がいてくれなかったらと思うとゾッとする。そのくらい、本気だった。言葉通りの殺気を放っていた。
「おまえら何して……ッ」
最初こそ、わたしと殴り掛かったチームメイトを嗜めようとした彼は、けれどすぐに言葉を切った。ゆっくりと、目の前の男と女を見て。半分開いたシャツや、女の肩からずり落ちかけている下着に、きっと全ての状況を理解して。心底汚いものを見るような視線を目前の二人に向けた。
「離せよ太刀川、まじでこいつら殺してやる!」
「……分かる、分かるけど、それは駄目だ」
低く、怒りを押し殺した声で。太刀川が言って、わたしと彼を引き摺るようにして隊室を出た。それから太刀川隊の部屋まで連れられたところで、わたしはようやく息ができた気がした。
「……うぇっ」
嗚咽。吐き気。声にならない声が出て、わたしはその場に崩れ落ちた。
かなしい、つらい、きもちわるい。
ぐちゃぐちゃの感情のまま、子どものようにわんわん泣くわたしを太刀川が隊服で隠してくれる。
大切だったはずのチームメイト。わたしの努力を認めてくれた、隊長で彼氏だったひと。チームを支えてくれていた、優しい女の子のオペレーター。そのふたりが、
「もう、やだ、意味が分かんない、もうやだぁ……っ」
喚き続けるわたしを隠すように、太刀川が隊服を貸してくれる。ぎゅっと裾を掴んだわたしの背中越しに、彼がどかりと腰を降ろした。わたしの悲鳴を受け止めながら、彼は静かに告げる。
「……苗字、ボーダー辞めんなよ」
「正気かよ、太刀川」
わたしではなく、チーメイトの彼が責めるように詰め寄った。苛立ったような声を受けてなお太刀川は冷静で、「正気に決まってんだろ」淡々と応える。
「おまえ才能あるんだから。あんなクソ野郎に潰されんな」
当時ボーダー随一の実力者だった男にそう言われて、わたしは唇を噛んで涙を堪えた。掌をきつく握りしめて、「……ウン」強く、頷く。ひとしきり喚いたおかげか、その頃には頭はクリアになっていて、残ったのはあいつらより先に辞めてたまるかという意地だけだった。
そうこうしている内に元彼とその彼女は二人揃ってボーダーを辞めて、その数ヶ月後にはチームメイトだったもう一人も高校の卒業を機にボーダーを脱退した。学校の成績も優秀なひとで、県外の難関大学に通うことになったのだ。唯一残されたわたしは再度チームを組むつもりはなく、ソロのA級隊員という扱いになったわけだけど。
「ほら、あのひと。チーム内で浮気されて解散したんだって」
C級やB級ならまだしも、A級でソロというのはなかなか珍しい。わたしのことはいつのまにか都市伝説みたいな噂話として広まって、新しく入隊した子たちの間でよく話題になっていた。
もう終わったことだし、仲のいい友人たちはわたしのことを悪く言わないし。明らかな悪意を持って接してきた子たちは逆に煽り返して、ブースでぼこぼこにしてやった。そういうことをするから、尚更嫌がらせのように噂が広まるんだろうけど、生憎、向けられた悪意を黙って受け止められるような性格はしていなかったのだ。
はあ、と息を吐いて。こそこそと話す新入隊員の間を抜けていく。
「かわいそう」
「でも性格が悪かったのかも」
「この間も新人ぼこぼこにしたらしいし」
「大人気ない、そんなんだから浮気されて……」
いっそのこと面と向かって言ってくればいいのに。まとめてボコってやろうか、立ち止まって、そんなことを考える。――刹那。
「しょうもな」
ぴた、と話が止んだ。
驚いて、声のした方を見る。
C級隊員の隊服だった。男の子。猫背だけど、背は高そう。橙色の髪がよく目立っていて、そこからのぞく細い瞳は蛇みたいに冷たい。その、冷ややかな目線が噂の元に向けられた。喋っていた彼女たちはびくりと体を震わせる。それを一瞥して、あとはもう、一切興味がないとでも言いたげに、彼はわたしの横も通り過ぎていく。
強烈だった。鮮烈だった。わたしのことを知りもしない彼が言うのだから、そこに同情なんてものは一切ない。ただ純粋な興味の無さ。ただ純粋に、噂に対して嫌悪を示すその姿勢が、どれほどの救いになったか。
後から聞いた彼の名前。水上敏志くん。
・
卒業するまでは駄目と言われた。
遠征後、はじめての夜。
「やっぱり待って」
「はじめてちゃうやろ、あんなやらしいキスしといて」
「ほんならやめましょか。無理やりヤろうとも思わんし。てか、こんなんやったらできんわ」
太刀川に聞く水上。
「昔のことだよ。アイツさー、けっこう酷い降られ方してっから」
「待てや!いや足はっや…!」
「ちょっ、ま、トリガーはずるない!?てかきぬたさんに怒られんぞ!」
「知るか!おまえが止まらんのが悪いんやろがい!」
「逃げんなや、ほんま、頼むから…」
・
「苗字さん、口、開けて」
おそるおそる開かれた唇をなぞり、舌を忍ばせる。くちゅりと水音がたって、唾液が混ざり合う。
「ふ、ぅ……ぁ……」
「は……っ、かわいい……」
無理だというように押し返す舌を絡めとり、さらに深く深く奪っていく。小さな肩がびくびくと震えて、その瞳がとろりととける。
「きもちい?」
ようやく唇を離していたずらに尋ねると、ややあって彼女が頷いた。あかん。めっちゃかわいい。
首筋、肩、鎖骨。いたるところにキスを落とし、シャツのボタンを取り払う。背中に手を回し、ブラのハックを外して。
「ひゃぅ……っ」
ぷっくりと違った胸の先端に舌を押し当てる。体をのけぞらせて、「やだ」と言うけれど、「痛い?」「ちが、ぞくぞく、きちゃう…」「ほんならええやん」「ああ…っ」吸い上げて、もう片方の蕾を指でいじって。ふるふると顔を振る彼女を無視して、その行為を繰り返す。
「はは、苗字さん。ここ、とろとろ」
「ひ、ぁ」
濡れそぼったそこへ指を挿れる。簡単に飲み込んだけれど、
「あ、あっ、みずかみ、」
「挿れるで」
「あっ、あっ」