夜闇ピエロ



※夜闇ピエロ(無印)のR18版になります。R18シーンをカットしていないだけで、内容自体に変更はありません。


 星明りだけが頼りの夜だった。
 任務が終わってアパートまで戻ると、ちょうど自分の部屋の扉前に煙草を蒸かす女がいて、僕はわざとらしく目をひらいた。彼女の手に提げられたビニール袋の中にはお酒の缶やつまみが大量に入っていて、「珍しいね〜」と声をかける。白い煙を吐き出しながら「付き合って」と零した彼女に、ああ、あの男と別れたのかと察した。彼氏が嫌がるから辞めたと言っていた煙草を吸っているのは、多分そういうことだ。

「はいはい」

 鍵を回しながら頷くと、携帯用の灰皿に煙草を押し付けた彼女が後ろからついてきた。
 懐かしい匂いがする。学生時代の彼女は煙草を吸うのがやたらと下手くそで、赤尾や坂本くんを真似ては咽ていた様子を、ふと思い出した。



 片っ端からビールやチューハイの缶を開けた彼女は、すっかりできあがったころになってようやく「彼氏と別れた」と報告した。知ってる、とは言わなかった。「へえ」ビールを片手に相槌を打ちながら、「誰だったっけ」と思い出したように聞いてみる。

「ヤマダ」
「そうそれ〜」

 大して強くもなさそうな奴だったよね、と言ってみると、彼女は苦笑した。

「間違ってないけど」
「けど?」
「南雲と比べたら大概の奴は強くないでしょ」

 間違いない。殺し屋界の最高戦力であるORDERに属しているのだから、そこらの殺し屋とはランクが違うことは自覚している。とはいえ、その指摘は若干不服だった。自分と比べて、ではなく、あくまで一般論としての意見を述べたつもりだったから。

「あれは君より弱そうだったけどな〜」
「あれとか言うな」
「え〜、でも実際そうだったよね」
「そうだったけども」

 と、彼女はやっぱり苦笑した。形の良い眉が八の字に歪んでいる。
 それから、「だから駄目だったのかなあ」と何かを諦めるように零した。

「浮気してたみたいなんだけど」
「……うん」
「小っさくて可愛くて自分よりも弱そうで、一生守りたいって思ったから仕方なかったんだって。わたしはひとりで大丈夫らしい」
「え、それ直接言われたの」
「言われたの」
「え〜、最低〜」

 思い切り口をへの字に曲げて非難すると、彼女は少しだけ愉しそうに笑った。そうでしょ、最低でしょ、と同調の言葉を口の中で繰り返し転がしている。
 僕はというと、お皿に盛られたチーズおかきをポリポリと食べながら、「そんな奴、痛い目見るから大丈夫だよ」と続けた。

「そうかな」
「そうだよ」
「だったらいいなあ」

 いいな、というくせに、その目の奥には少しだけ寂しそうな色が隠れている。酷いことを言われたのに、まだ心残りがあるらしい。長い年月を過ごしたせいで沸いてしまった情なんて、早く捨てちゃえばいいのに。
 何本目か分からない缶を空にした彼女が、また別のチューハイに手を伸ばした。トロピカルな柄が特徴的な鮮やかな缶だった。初めて見たな、と思っていると、商品名の横にNew!の文字が刻まれている。

「それ美味しい?」
「んー、甘い」
「ふうん」

 目を細めて答えた彼女に、徐に覆いかぶさる。それから、柔らかな唇を舐めるように塞ぐと、びくりと彼女の肩が強張るのが分かった。

「……何してるの」

 唇を離したら、すっかり酔いが醒めたとでも言わんばかりの表情で、彼女がこちらを見つめてきた。

「ほんとだ、甘いね」
「聞いて」
「嫌だった?」

 珍しく真面目な顔をして見つめ返すと、彼女はバツが悪そうに口籠った。視線を逸らし、「わたし彼氏……」零された言葉に間髪入れず、「いないじゃん。別れたでしょ」「そうでした」
 再度体を寄せると、今度は口元を両手でガードされてしまった。本気を出せば押し倒すことも全部暴くこともできる自信はあるけれどそれはせず、何か言いたげな彼女の言葉をじっと待つ。

「ほんとに何、酔ってるの」
「理性飛ぶほどは酔ってないよ」
「今まで一回もこんなことしてこなかったのに」
「だって彼氏いたじゃん」
「彼氏いなかったらするつもりだったの」
「そうだけど」
「え」

 淡々と答え続ければ、彼女の目に動揺の色が浮かぶ。さすがにいつもと様子が違うこと、僕の発言が本気であることに気づいたらしい。
 左手は自身の口元を覆ったまま、細い右腕を『それ以上近づくな』というようにこちらに差し出して彼女は後退る。

「ちょっと待って、ちゃんと話そう」
「話すのはいいけどさ〜……」

 渋々了承しながら、彼女の掌に優しく触れる。小さくて、柔らかい。一本一本、指を絡めると、彼女は大袈裟に驚いて腕を引こうとした。離して堪るかと力を込め、「……嫌?」体を寄せながら囁くように尋ねる。

「わたし、今日別れたばっかなんだけど」
「知ってる。だから何?」
「いやだから、その……まだ未練があるというか……?」
「そんなもの、したら忘れる」
「言い切れるの怖いよ」

 そう言う頃には彼女の背中はベッド脇にぴったりと密着していた。逃げ場を失った彼女は視線を忙しなく動かしていたけれど、「本当に嫌なら殺していいよ」と笑ったら、一瞬目を丸くして、すぐに眉尻を下げて薄く微笑んだ。

「……殺せないよ」

 それが、心情的に無理だと言いたかったのか、物理的に無理だと言いたかったのかは分からない。どっちでもよかった。
 もう一度、彼女の唇に触れる。柔らかくて、不思議と甘く感じる。徐々に深く、舌をねじ込んで呼吸を奪うように口づける。
 唇を離せば、荒い息を零す彼女の目はとろりと潤んでいて、堪らず「気持ちよさそう」と揶揄ってしまう。少しの間のあと、「女遊びしてる奴のキスだ」と彼女は悪戯に投げかけた。「うるさいなあ」元彼と比べられたかのような気に陥って何だかムカつき、余計なことなんて言えなくなるようにまた唇を奪う。気持ちいいとか、好きとか、もっととか。そんなかわいいことしか、言えなくなってしまえばいい。
 ベッドにもつれ込み、上品なベージュのトップスとチューリップの蕾のようなレイヤード部分が愛らしいスカートを取り攫いながら、そういえば随分と綺麗な格好をしているなと思った。彼氏と会うために着飾ったんだろう。するりと浮かんだ予想に微妙な気持ちになっていると、レースがふんだんにあしらわれた白いブラジャーとショーツが露わになり、小さく息を呑む。顔を赤らめる彼女はいじらしいけれど、「可愛い下着つけてる」とは揶揄えなかった。だってこれも、あの男のためにつけてたものだと思うと、どうしたって腹が立つ。
 ふと、彼女が何かを訴えるようにこちらを見つめた。

「なあに?」

 問いかけると、「わたしだけ……」という言葉が辛うじて聞き取れた。ああ、こっちにも脱いでほしいのかと理解して、「脱がせてほしいな〜」なんて笑ってみる。結局彼女は一向にシャツのボタンに手をかけくれなくて、僕は渋々自ら服を取り払ったわけだけれど。
 肌を密着させて、震える体の至る所に口づける。舌を這わせて、舐めたり、噛んだり。その度にびくびくと反応するのがかわいくて、もっと、もっとと攻め立てる。零れる声は、蜂蜜を絡めたみたいに甘い。

「ん、ぁ……っ、や、も……っ」

 微かに聞こえた「やだ」と「もうやめて」はどう考えても嘘だった。
 ブラジャーのホックを簡単に解き、ぷっくりと膨らんでいる胸の蕾を口に含む。ひときわ艶やかな声で彼女が泣いて、その体が弓なりにしなった。

「んん……っ、それ、だめ……っ」
「あは、ここ攻められるの弱いんだ〜♡かわいい〜」
「ひぅ……っ♡」

 もう一方の先端も指で摘まむようにして虐めてやる。甘い声を出す彼女の太腿がいやらしく震えていて、僕はそこにも手をやった。

「わ〜、すごい濡れちゃってる」

 感心したように零したら、彼女が足を閉じようと力を込めた。けれど、純粋な力で男に敵うはずはない。しっかり固定したまま、蜜を溢れさせている部分を軽く指で撫でると、やっぱり彼女は色っぽく喘いだ。

「や、待って、やっぱり」
「やだ」
「ひゃ、ぁ……っ♡」

 今更待てと言われて大人しく言うことを聞くわけがなかった。
 彼女の制止を無視し、蜜つぼに指を押し当てる。指は吸い付くみたいに中に挿って、彼女の口からは情欲に満ちた声が何度も零れる。
 ゆっくりゆっくり奥をほぐして、二本、三本、と指を増やした。蜜つぼは徐々に広がって、すっかり硬くなった男のモノを受け入れる準備をしている。

「ぁっ♡ぁ、あ、なぐ、も……っ♡」

 溺れかけて助けを求めるみたいに縋りつかれて、嗜虐心が煽られた。

「ね、もう挿れていいよね?」
「ん……っ」

 指を引き抜き、すっかり硬くなった自身の熱を押し当てる。早く欲しいと言うかのように、とろとろの蜜つぼが吸い付いてくる。気持ち良すぎて、どうにかなりそうだった。
 ゆっくりと押し進めるけれど、どうしたって指よりも太くて大きい。時折彼女が苦しそうに顔を歪めるので、ちょっとでも気が紛れるように何度もキスをした。
 口づけの合間、彼女は何度も僕の名前を呼ぶ。

「なぐも、ぁっ♡なぐ、も……っ♡」
「うん、なあに?ここ、気持ちいい?痛くない?」


「あっ♡ぁ♡ぁ♡これ、これ、やだぁ♡イケない、イケな、〜〜ッ♡も、やらぁ♡」
「付き合うって言ってよ、そしたらイかせてあげる……っ♡」
「ん、ぅ……っ♡あ♡あ♡ぁっ♡はげし、またぁ♡また、ぁっ♡や、へんになる、おかしくなるからぁ♡も、お願い、お願い、イかせてぇ♡」
「だーかーら、違うでしょ?付き合うって言って?」
「あ♡あ♡あ♡」

 そんなふうに、焦らして、焦らして、焦らし続けて。
 さすがの彼女も耐えきれなくなったらしく、軋むスプリング音の中でついに叫んだ。

「も、分かったぁ♡付き合う、付き合うからぁ♡お願い、も、むり、むりぃ♡」
「絶対?」
「ん、ぜったい……っ♡」
「約束だからね〜?」
「約束する、するからぁ♡あ、それ、〜〜っ♡それ、好き♡すごい、すごいの、くる♡あ、なぐも、なぐ、〜〜ッ♡あ、きちゃう♡イク、いっちゃう、んぁぁ♡」






 微かな寝息に合わせて、彼女の小さな肩が規則正しく揺れている。その白い肌の至る所に赤い花が咲いていて、目尻にもうっすらと涙の痕があった。

(無理させちゃったな〜……)

 優しく目元に触れながら、少しだけ申し訳なく思うけれど。でも、これでやっと手に入れた。学生時代からずっと焦がれていた子を、やっと。
 暗い部屋の中、ベッド脇に置かれた時計で時刻を確認する。深夜二時を回っていた。僕も寝ようとシーツを引き上げた時、床に転がしていたスマートフォンの画面が光る。メッセージが入ったらしい。
 短く息を吐き、内容を確認した。最近会った男からだ。彼女がここに来た頃から何度か連続でメッセージを寄越していたらしく、『話したいことがある』とか『今から電話できない?』と連絡が続いている。

『もう会えません』

 簡潔に、それだけを打ち込んで。
 おそらく電話もくることを見越し、クローゼットの中からスウェットを引っ張り出す。シャツを羽織り、すっかり寝入っている彼女を起こさないようにベランダの戸を開ける。
 ちょうど外に出たところで、相手から電話が入った。あまりに想像通りの行動に思わず笑いそうになったのを堪えて、通話ボタンを押す。

「もう会えないって、どういうこと」

 焦る男の声はやたらと大きい。ちらりと部屋の中を見て、彼女が全然起きてこないことにほっとする。「俺何か悪いことした?」「君のことを思って、彼女とも別れたのに」そう捲し立てる男にたった一言、

「『さようなら』」

 いかにも男ウケしそうな・・・・・・・・・・・かわいらしい女の声・・・・・・・・・でそう告げて。
 即座に通話をぶつ切りし、男の連絡先をブロックした。呆然としているだろうその顔を思い浮かべながら、僕はゆっくりと息を吐く。冷たい目を遠くへ向けて、薄く笑う。

「……痛い目見ちゃったね、ヤマダくん」

 零した言葉は、すっかり闇に包まれた街の中へと沈んでいった。