幼い頃から、あたしは夢見がちな少女であった。世界中のありとあらゆる童話を読みふけり、将来は綺麗なお姫様となって幸せな結婚生活を送るのだ、と信じて疑わなかった。

「ツボネ、白馬の王子様はいつ戸愚呂を迎えに来てくれるの?」

 人形遊びに興じる少女は、いつも通り数冊の絵本を携えてきた執事に尋ねた。左手に巻かれた血の滲んだ包帯が実に痛々しい。少女が手にしている人形は、どぎついピンク色のドレスに身を包み、幸せなのかそうでないのか判別しかねる無機質な笑みを浮かべていた。
 ツボネは視線を合わせるようにしゃがみ込むと、やや憐憫を含んだまなざしを少女に向けた。その視線に反して、肩に置かれた大きな手がどうしようもなく優しい。

「いいこと? 戸愚呂ちゃん。 そんな夢で思い描くようなものはね、いくら待ってたって来やしませんことよ。」 第一、ゾルディック家に来るのはせいぜい財産目当ての盗賊くらいなものでしょう。子供の夢を壊すのは忍びないですが……。

 言い聞かせるようにツボネは努めて柔らかい声を落としたが、説得も虚しく、戸愚呂の瞳はさらにきらきらと輝きを増した。

「盗賊? 戸愚呂をお嫁さんにしようと攫いに来るの? 素敵な人だったら、きっとそれもロマンチックね!」
「……ハァ、アタシも焼きがまわりましたかね。 どうやら女の子だからって、甘やかし過ぎたようです。」

 世間知らずの暗殺一家のお嬢さま。ツボネにとっては将来を期待する庇護すべき少女であるが、世間一般での評価は全く異なるのだ。彼女の肩書きを知ったとしたら、いくら勇敢な王子であろうと一目散に逃げ出すだろう。
 ……可哀想に。彼女がそれに気付くのは一体いつになる事やら。

「どうしても諦めきれないというのならば、ご自分の足で探すことですよ。 それしか道はないでしょう。 可愛い可愛いお姫さま。」


 あれから十数年の時が経過したが、一向に王子様が現れる気配はない。盗賊やら賞金稼ぎやらが門の前で蟻のように群がっているのを幾度となく見たことはあるが、“あたし”のお眼鏡に叶う男はいなかった。大体は鼻がひしゃげていたり、ジャガイモみたいなヘンテコ顔でまるで好みのタイプではなかったし、なにより大概は屋敷まで辿り着けずミケのお腹の中に収まってしまっていたからだ。
 さすが年の功というやつか、いつしかツボネが言っていた事は正しかったようだ。来ないものは待てど暮らせど来ないし、無駄な時間を浪費したところでただ無意味に年を取るだけだ。このまま何もしないでシワシワのおばあちゃんになるのだけは勘弁だし。
 それならば、あたしの為すべき事はただ一つ。

「よし、決めた!あたし、運命の王子様を見つけるまで家に帰ってこないから!ぜぇったいにね!」

 ―― 3日前の話である。

「そう豪語してった割りに3日で戻って来たんだ?」

 実兄であるイルミは、眉ひとつ動かさず戸愚呂を見た。彼女はベッドにだらだらと寝そべりスナック菓子をつまんでいる。空想のお姫様とは程遠い、これが有りのままの彼女の姿だ。

「……だってね、お兄ちゃん。 幼い弟たちを残していくなんて、とてもじゃないけど心配で夜も眠れなかったんだもの。」
 ―― 往生際悪くぶりっ子までする始末である。しかし、イルミは戸愚呂の性質を嫌でも理解しているため欺かれるわけもない。しかも可愛くも何ともないし。

「へぇ、本音は?」
「家事って面倒だよね。 その点ここでは勝手にご飯も出てくるし、いつでもふかふかのあったかい布団にくるまれるし。」
「つまり?」
「実家サイコー。」

 王子探しもかったるいし、下界じゃ逐一世話を焼いてくれる執事たちもいないし、これだから実家暮らしはやめられない。
 だから王子様。せいぜい頑張って迎えに来てね。あたしはこうしてあなたが目覚めのキスを落としてくれるのを待ってるから。
 絶対よ? でないと、殺しちゃうから。
怠惰のお姫さま
170501