あたしのおかあさんはゾウである。
こんな話を始めると、何かの比喩をしているのか、もしくは頭のネジが緩んだキチガイだと勘違いされるかもしれないが、文字通り“母親が象”なのだ。
ゾウ。すなわち、長鼻目ゾウ科の哺乳類の総称である。
世界でも名高い“ズーズーギャング”サーカスの団長を務めるあたしのパパは、あたしの生みの親であるママと“わざわざ”離婚をしてまで“ゾウ”との結婚を選んだ。
今年46歳の誕生日を迎えるバルサゾウのミセス・アルフレッドアロハは、その迫力ある容貌とは裏腹に繊細な芸を持つサーカスの花形だった。仲間内では通称ミセス・AAと呼ばれているが、あたしはまだ旧姓のリトル・ミスと呼んでいる。
―― そう、彼女こそがあたしの“継母”なのである。
結婚式の写真はひどかった。そりゃあもう、ひどかった。
タキシード姿の凛々しいパパ。その横で満足そうな微笑みを浮かべ、フリフリのウエディングドレスに身を包んだリトル・ミス。歯を食いしばり、むっつりと床を睨みつける幼い頃のあたし。父、ゾウ、子。その異様な3ショットは、世界各国くまなく探したとしても見つからない異例の結婚写真だろう。
結婚から10年経過した今でも、パパはリトル・ミスに夢中だ。
パパとリトル・ミスの衝撃の出会いは5歳の頃で、その時から愛し合う運命を感じていたのだ、とパパはつらつら言い訳をした。そんなうそぶいた話は耳にも入れたくなかったのに、平然と聞かせてくるパパに怒りのボルテージは上がるばかりである。
ごく当然の話ではあるが、母親がゾウであるという事実を、あたしはいまだに受け入れられないでいる。むしろ、受け入れろ! と、無理難題を押し通そうとする周囲環境の方がよっぽどおかしい。あたしの子供の頃の記憶といえば、リトル・ミスに全身を泥で塗りたくられたり、べとべとの鼻水を真新しいワンピースにつけられたり、買いたてのアイスを横取りされたり、その逆でヨダレまみれの食べかけの林檎を手渡されたり……と凡そロクなものではない。恨みこそすれ、リトル・ミスとの素敵な思い出なんて皆無に等しかった。
さすがに結婚式でパパとリトル・ミスの指輪の交換は実現しなかったため、パパは「結婚の記念に」と我がサーカス団が保持する宝玉をリトル・ミスへくれてしまった。
輝くように美しい蒼玉を首元に嵌め込み、リトル・ミスは毅然としながら観衆の要望に応え続けている。その宝玉を正統に伝承するのは、あたしの役目だったはずなのに。パパのパパ、つまりおじいちゃんの、そのまたおじいちゃんから代々受け継がれてきた由緒ある秘宝なのに。リトル・ミスは、こんなときまであたしの邪魔をしてくる。
実のママは「コブ付きだと再婚のハードルが上がる」と言い捨てて、あたしのことを置き去りにして出て行ってしまった。ママの記憶はすでに遠ざかった彼方に点在している。だからママの顔もまともに覚えていない。実のママとて、それは同じだろう。
だからこそだ。幸せそうに寄り添うパパとリトル・ミスの姿を眺めていると、あたしの存在なんて初めから必要無かったのではないかと思えてくる。パパの運命の相手が本当にリトル・ミスであったとしたら、つまりあたしが生まれてきたのは“手違い”と言うことになる。
リトル・ミスの活躍もあり、幸いにもサーカスは連日大盛況で極貧生活に怯える心配はなかったが、それでも生まれながらにしてあたしはひとりぼっちだった。
これは曲げようもない事実である。
(190815 この続きも少し書きましたが、すっかり頓挫したので諦めてしまいました…… / 犬川)