「カルトちゃん! お姉ちゃんがご本読んであげよっか? それともお人形遊びでもする? それか、他に何か遊びたいものでもある?」
「いいよ! もうそんな年じゃないし! そもそも、いい加減姉さんうっとうしいよ!」
「なっ……! かっ、カルトが……カルトが……グレたッ!」
一番下の弟が反抗期となってしまった!
天地がひっくり返るかのような大事件である。自慢ではないが、一番年下ということもあって、カルトのことは可愛い可愛いと両親よりも愛情をもって接してきたつもりだ。赤ちゃんの頃は数えきれないくらいオムツを取り変えてあげたし、カルトのために特製の毒入りクッキーを焼いたことだってある。添い寝して押しつぶしそうになったことや、高い高いをして受け損ねたこともあったけど、それは微笑ましい失敗談の内に含まれるはずだ。それに血反吐を吐くくらいの厳しい修行だって沢山つけてあげたし、ただ可愛がるだけではなく我ながら飴と鞭を上手く使い分けて接することが出来ていたと思う。
そんなカルトとの楽しくて甘酸っぱくて素敵な思い出が沢山溢れかえってきて、先ほど受けた耐えがたき悲しみに我慢がきかなくなってきた。仕方なしに、手近にいた兄にそれをぶちまける。
「……てな事があったの! まさかカルトにそんなことを言われる日がくるなんて思わないじゃない? あんなに小さくて天使のように可愛かったカルトに! あたし、ショックで軽く寝込んじゃうかも……。」
「そうやって戸愚呂が偏執的にしつこくするから嫌われたんじゃない?」
「きらっ……、嫌われたって言わないでよ! ていうか、それお兄ちゃんにだけは言われたくないからね!」
自分だって、キルアに対して異常なまでの歪んだ愛情を注いでいるじゃないか。その結果、キルアは家出してしまった。教育失敗論のいい例だ。全く、これだから変わり者の兄の話は参考にならない。
……しかし、嫌われたのか? あたしは。
「お兄ちゃん、カルトにそれとなく聞いて来てくれない? お姉ちゃんのことどう思ってるか。」
「イヤだよ。面倒だし。」
「なんでよ! たまにはあたしにも兄らしいことの一つでもしてよ! いっつもキルのことばっかり言ってないでさぁ!」
「…………。(こういう自己中心的で一方通行なところがダメなんだよなぁ。)」
◇
昔から、姉の愛はひたすら重たかった。
コンクリートかと思うくらい固くて不味い手作りケーキ(猛毒入り)を無理やり食べさせられたり、泳ぎの練習だと言われて崖の上から人食い鮫だらけの大海原に突き落とされたり。動物を見に行こうと猛獣の群れの中に一人取り残されたり、大好きだ、と思いきり抱きしめられて肋骨が折れたこともあるし、中々寝付けない夜は首筋に手刀を入れられて物理的に寝かされたことだってある。
悪気がない分、姉は余計にタチが悪かった。
今だってそうだ。そろそろ就寝時間に差し掛かろうという頃、(本人は隠れているつもりのようだが)扉の陰から妖怪のように片目だけでこちらを窺いながら「カルト〜、カルトォ〜」とまるでホラー映画に出てくる怨念のような啜り泣く声を聞かせてきて、たちまち耳を塞ぎたくなった。そんな姉を一言で言い表すなら「ウザい」の3文字である。
……はぁ。ボク、そろそろ寝たいんだけど。
「もう! 姉さんウルサイよ!」
イライラして怒鳴ると扉の裏で姉はビクリと震えた。そして、泣き声は一段と大きくなる。これでボクの倍以上は年を重ねているんだから、相当に困ったものである。こうして、いつも年下の自分があらゆる被害を被るのだ。
姉との思い出は、心底ムカつくことばかりだった。
ウザいし自己中だし空気読めないしいっそ死んでくれたほうが助かると思うような腹の立つようなことばかりするけど、……確かに、悪いところばかり、というわけでもない。幼い頃任務に成功すると「よく出来たね」と優しく頭を撫でてくれたし、死にそうになったら何だかんだで駆けつけて助けてくれたし、何より思い出の中の姉はいつも楽しそうににこにこ笑っていた。そんな姉がスキで、手を繋いでといつだってせがんでいたのは自分だ。
……あぁ、もう、仕方がないなぁ。
「いつまでも泣いてるなら、ベッドに入れてあげないよ?」
半ば諦めながらそう呟くと、ぴたりと泣き声はやんだ。物凄い反射神経だ。そして、おずおずとこちらに声をかけてくる。
「一緒に寝てもいいの?」
片目だけではなく、今度は顔全体を扉から覗かせて。小汚い泣きみそ顔して。本当に、自分の都合のいいことばかりしか耳に入らないんだから。
「汚い鼻水だけはつけないでよ。」
「うん、うん! 大丈夫!」
そう言って早速ベッドの中に入り込んできた姉の髪を、仕方なしによしよしと撫でてやる。何が大丈夫なのかはよく分からないけど、姉は頬を緩ませてにこにこ微笑んだ。本当に調子がいいんだから。
でも、見たかったのはそういう顔だよ。
親愛なるウミネコへ
170607