泣きたくなってしまう。あの遺憾なる邂逅から数年経過した今日この頃。世界は瞬く間に鈍色に進化したし、あたしを取りまく環境だってそれなりに変化してきた。左手の跡は綺麗さっぱりどこかへ消えてしまったし。思わせぶりに世間を賑わせる怪事件・珍事件だって日々尽きることはない。

 しかし、誠に残念なことにあたしは未だにクロロを殺せないでいた。(五寸釘を使って呪うだとか、チェーンソーを振り回して猟奇的に息の根を止めてやるだとか、そんなカビの生えた手法を取ったらダメだ。美しくない。)
 ……だって、彼ったら中々寝首をかかせてくれないんだもの。隙がありそうで、決して楽には見せてくれないし。普段はどこに姿を隠しているのか見当もつかないし。おまけにあたしはこのところ修行も仕事もサボり気味で体がすっかり錆びついてしまっていて、クロロとの実力差は以前より開いてしまったように思う。
 それが免罪符には、欠片もなってはくれないけど。

「し、しばらく出来ないの。」

 勇気を振り絞ってそう伝えてみると、途端にクロロは怪訝そうな顔をした。まぁ、それも当然の話なのであるが。何しろここは秘密めいた二人きりの空間であるし、あたしは例によってベッドに組み敷かれており、さぁ始めましょうと言わんばかりに御膳立てされたこの状況で疑問を持たない方がおかしいだろう。「何故だ?」そして彼も至極当然の疑問を投げかけてくる。

「何故って、ねぇ。」

 女には誰だって言いづらいことの一つや二つくらいあるのだ。あたしが言い淀むと、彼は真顔で「生理か?」と言い放った。綺麗な顔をしていなかったら今頃思い切り殴っているところだった。
 これだから男って最低だわ。

「……そうじゃないけど。」
「けど?」
「最近ね。 ……ふと、太ったから。」
「何だ、そんなことか。」

 そんなことって、何よ! 失礼しちゃうわね!
 クロロは何を大袈裟な、とまるで責めるようにこちらを見ている。これだから女心に疎い鈍ちんクソ野郎は困る。学校でオトメハートについて習って来なかったのか。未就学だからって何でも許されると思うんじゃねえぞ。多かれ少なかれ女子はみな体型で悩みを抱えるものなのだ。

「オレは別に気にしないが?」
「あたしは気にするの!」
「オレに失望されるとでも?」
「そ、そんなんじゃないわよ! バッカじゃないの!?」

 確かにね? もしもクロロにがっかりでもされたら少なからず……いや、かなり癪には触るだろうけど、クロロのためにウエストを締めようとかダイエットを頑張ろうとかバストアップを目指そうとか、そんな乙女チックなことは絶対に考えたくないし、これまでも微塵も考えてきたことはない。だって、あたしは100%自分のためだけに生きているんだから!

「で、お前の言うしばらくとは?」
「贅肉が落ちるまで……?」
「曖昧だな。」

 クロロは口の端をわずかに上げてあたしの服に手をかけた。あたしがあわあわ動揺している内に衣服はすっかり乱されてしまう。
 ……悲しい。こうしてまた観念するしかないっていうの?

「戸愚呂。」

 いじけていると、ふいに名前を呼ばれた。反射的に顔を上に向けると、クロロの瞳にあたしが鮮明に映り込んでいるのが見えた。
 それを合図かのように、彼は頭を屈めてあたしにキスを落としてきた。何度か角度を変えられるとたちまち体温が上昇して、そのうちに熱い舌が隙間から侵入してくる。それを素直に受け入れると更に口付けは深くなった。
 心臓が逸る。こういう時、クロロはいつも何を考えているんだろう。彼とは唇がわずかに触れるだけの軽いバードキスも、息が乱れるほど熱烈なフレンチキスだって何度もしたことはあるけれど。
 肝心の彼の気持ちだけは、一向に知ることはない。

「……失望した?」

 不安になって彼の頬に手を伸ばすと薄く笑われた。

「あぁ、馬鹿なお前にな。」

 でも、そう言ってまたキスを交わすの。
ファニー・フラミンゴ
170617