「や、また会ったね。」

 あの魔の電話から数週間後。クラシカルなバーでしっとりと飲んでたら、きっと良い男が声をかけてくれるんじゃないかと期待を込めていた。今度こそ、最後まで良い女を演じきってみせよう。それが幸せな未来への鍵に違いない。(武装しているのはグラス一杯に注がれた果汁100%のオレンジジュースだけど。子供っぽいが美味しいし。)

 そしたら思わぬ大ハズレが釣れてしまったようだ。これはさすがに予想外だった。
 飄々とした自称奇術師は、当然のようにあたしの隣に鎮座した。どうせ座るのなら右側にしてくれれば良かったのに。左側だと、どうにも違和感が拭えないのだ。男が己のポジションを気にするのと同じように。
 弱みを晒したくないので、出し抜けに宣言してやる。

「ヒソカって全っ然あたしの好みじゃないのよね。」
「ボクだってそうだよ。」

 ―― でも、そうだなぁ。
 ―― 参考までに、キミの好みって?
 どうにもヒソカはあたしと会話を続ける気らしかった。面倒くさいなぁ。時間の無駄になることはしたくないのに。

「26歳の黒髪の男よ。」
「……へェ、随分限定的なんだね。」
「小さい頃からそういう性癖なんだもの。 こればかりは曲げられないわ。」

 思い出すのは初恋のキミだ。
 もしかしたら彼がそんな美青年だったからかもしれない。彼にはあたしの正当性を主張するための尊き犠牲となってもらったんだけど。

「その性癖って、戸愚呂がおばあちゃんになっても変わらないのかい?」
「さぁ? 自分が歳を取った後のことは、あまり考えてみたことがなかったわね。」
「若い男に欲情する老婆って気持ち悪くない?」

 ヒソカに指摘されるとは心外だ。だがその通りだったので否定はしなかった。そして何故か妙に時間が気になり始めたが、逸らすように睫毛を伏せる。この価値を見出せない会話の間にジュースは飲みきってしまった。仕方なくしゃりしゃりと氷を噛む。
 ヒソカはじいっと食い入るようにあたしを見つめて「残念だなぁ。」と一言呟いた。一体どっちのことだ。

「んん〜〜、基本的にボクってストライクゾーンが広い方だって自負してるんだけど、どうにもキミには食指が動かない。」
「悪かったわね、そそる女じゃなくて。」
「イルミにもキルアにも似てる要素を含んでるんだから、そんなわけないんだよねえ。」

 ついでに女のコだから、彼らとはまた違ったことが出来るし?
 ヒソカは下衆さをまるで隠す気はないらしい。果たしてこの人はゲイではなかったのか? 常に男のケツばかり追い回していると聞いていたが。

「でもキミってさぁ、もう誰かと命を賭して闘おうって気がないだろ?」
「…………。」

 あえて返答はしない。安易に策略に嵌まりたくなかったから。
 無視を決め込んだが、それでも構わないとヒソカはくだらない分析を続けた。

「けど、眼が死んでるってわけでもないんだよね。 ……むしろ、輝いてるように見えるよ。 女のコ特有の光っていうかさ。」

 まるで解剖でもされているみたいに、ヒソカの視線が身体中にまとわりつく。
 その嘔吐を催す蠢きにどうしようもなくイライラした。ヒソカは尚もお喋りをやめない。

「ひょっとして、誰かに恋でもしているのかい?」

 ついにその後の言葉は続かなかった。
 何故ならば彼の頬にあたしの拳が炸裂したからだ。きっと避けることは容易だったろうが、ヒソカは真正面からしっかりと受け止めた。にやりと不愉快な微笑みを作ってまで。ますます変態的だ。
 ガシャァァン、とガラスやら皿やら木の板やらが一斉に壊れた音が響き、彼は店内の棚に埋まっていた。元いた位置から数メートル飛ばされてもヒソカは不敵な笑みを崩さない。周囲の客の悲鳴やざわつきが耳障りだった。

「キミのそういう子供っぽいところ、とってもキュートで良いと思うよ。」

 額から血を流しつつ、ヒソカの目は三日月のような弧を描いている。気色が悪いし、おぞましい。

「一生そうやって死んでろ。」

 あたしは冷たくヒソカを一瞥すると、弁償代を弾んだチップを置いて店を後にした。
 ……あぁ、また馬鹿をやってしまった。これじゃあ自ら証明しているも同然じゃないか。
ペリカン機関車特急便
170621