あれから更に数ヶ月が経過した。すっかりクロロの顔を忘れてしまった、と言っても差し支えのないくらいの長い時間が過ぎ去ってしまったような気がする。
けれどあたしの恋人探しに余念はなく、毎晩パーティーやバーに繰り出しては良い男を漁り歩いてやった。中々理想の相手に出会うのに苦労したが、最近になってようやくお気に入りの内に数えられそうな男を見つけ出すことに成功した。
現在も、その彼とバーのカウンターにて取り止めのない話をしているところだ。頭を使った会話はさっぱりであったが、容姿には花マルをあげていい。黒髪だし、黒目がちの可愛らしい顔付きをしているし。
「戸愚呂ちゃんって、素直で可愛いね。」
「本当? 嬉しい。」
ほらね、誰かさんと違って甘いセリフはお手の物みたいだし。
彼はあたしの手をぎゅっと握って優しくはにかんだ。まるで緊張した子犬のような瞳をしている。
「……好きだって言ったら、キミは困るかな?」
「そんなことないわ。」
「キミはオレのこと、どう思ってる?」
「好きよ。」
良かった、と彼は安堵したようにあたしを抱きしめた。あたしも素直にそれに応じる。大丈夫だ、まだ耐えられる。
「……場所、変えようか。」期待したように耳元で呟かれて、あたしはゆっくり頷いた。
ピンク色の安ホテルに移動して、彼は余裕なさげにあたしをベッドへと押し倒した。髪を挟まれて痛かったが、何も言わずに我慢した。せめて、もう少しムードとやらを出してくれればいいのに。
「初めて会ったときから、ずっと好きだったんだ。」
彼はまるで自分に酔っているかのようだった。あたしはただにっこりと微笑む。
それを許しを得たと判断したのか、男の顔が近づいてきて唇を奪われた。ハァハァと荒い息を漏らして、胸元をまさぐられる。男が動くと太腿に熱い欲望が押し付けられた。
……どうしよう、やだ、やっぱり無理だ、予想してた以上に気持ちが悪い。この男の味が受け付けられない。なんだか吐き出しそうだ。
「戸愚呂、愛してるよ。」
唇をべろりと舐められて、そんなわけの分からないことを囁かれて、頭の中はもうパニック寸前だった。焦燥感に支配されて、遮二無二男の顔を払う。
鋭く豹変した指先が男の喉を掠めると、ぱっくりと骨肉が裂けて血が噴出した。あたしの身体に土石流のような勢いで血液が降りかかり、無残にも死骸となった男が倒れこんでくる。なんて、無慈悲で生温い感触。
何が起きたのかまるで理解できないまま、あたしの瞳からは止めどなく涙が溢れた。紛うことなき理想の相手だったはずなのに、みすみす殺してしまうなんて。どうしてこんな愚かしいことをしてしまったんだろう。行き場を無くした液体がぽたぽたと布団へ吸い込まれていく。
そしてタイミングを見計らったように、携帯の着信音が鳴り響いた。しかも、相手はあの「ジャイアン」からである。とびきり心の曇った、アイツだ。
一体、何ヶ月ぶりだと思っているのだろう。そして何故、今この瞬間であったのだろうか。
導かれるまま、血で濡れた指で恐る恐る着信ボタンを押した。手がかすかに震えている。
「もしもし……?」
「オレだ。 今、何をしている?」
「……人殺し、?」
その返答で彼が特に感情を動かす様子はなかったが、電話口の向こうで、はたとあたしの異変に気が付いたらしい。
「もしかしなくとも、泣いているのか? 」
「…………。」
「……今どこにいる?」
小声で場所を伝えると「ここから一時間ほどか……。」と冷静に呟く声が聞こえてきた。
「今からそちらに向かう。 そこから動くなよ。」
「……うん。 ……待ってる。」
死骸の横でぺたりと座り込んだまま、文字通りあたしはそこから動けなかった。
やはり、涙は止まらないままだ。
クジャクは朝日を嫌う
170621