※ゲロ甘注意
目が覚めて、隣に別の体温が存在していることにもはや違和感はなかった。薄いカーテンの向こうで、淡い青空が覗く。遠くで鳥の囀る声が聴こえてくる。喧騒のない穏やかな朝だった。
まだ夢の中にいるらしい女は、まるで無防備である。規則正しい寝息に合わせ、胸が上下に起伏している。その姿を眺めていると本当に暗殺者として仕事をこなしていたのかと疑問さえ抱くが、曰く「殺気には死ぬほど敏感。」との事なので殺意を以って接したらまた反応は変化するのかもしれないが。
何にせよ、今のオレにはコイツを殺る理由はない。
ゆったりと寝具に広がる髪を梳いて、時間をかけて唇を重ねた。角度を変えながらその柔らかさを堪能していると、戸愚呂はようやく気配に気付いたらしい。瞳が緩やかに開いて、視線が繋がる。
「……クロロ、おはよう。」
戸愚呂はまろやかに微笑むと、抵抗することなくオレを受け入れた。そんな彼女を解放してやる気はなく、下着越しに緩く身体のラインを撫でて反応を誘う。彼女は短く息を漏らした。
しかし、戸愚呂は急に目を剥くとオレを押しのけて一目散にトイレへと駆け込んだ。次いで聴こえてきたのは、早朝に似つかわしくない吐瀉物を吐きだす音だ。
まさか、という予感がよぎり戸愚呂の背を追いかける。
「戸愚呂?」
「……あ、ごめんね。 」
便器に伏して小さく丸まった背中をさすってやる。やや蒼白い顔をさせ、戸愚呂はオレに視線を向けた。思考を読んだのだろう。眉尻を下げてぽつりとこぼした。
「……安心して、生理は来たから。」
安心して、と言う割にその口調は尖っているような気がしたのだが。恐らく嘔気による生理的なものであろう、目にじんわりと涙を浮かび上がらせている。
悪阻ではない、のならば。昨晩は飲酒もしていないし、確か食中りするような食物も口にはしていなかったように思ったが。
「どこか体調でも悪いのか?」
「う、ん。 体調が悪いというか、 ある種の才能っていうのかな。 あたし、生まれつきあらゆる毒に耐性を持ってるんだけど……。」
どうやら原因は判明しているようで、戸愚呂は濡れた瞼を拭いつつ説明を始めた。
―― でも、そんなこと傍目には分からないじゃない? ウチの教育方針上、毒の摂取は必須だったし。 色々と試した結果、既に耐性が付いてたってことが判明したんだけど。
「でも今度は逆に、定期的に毒を摂取しないと副作用が出るようになっちゃって。」
「……そうだったのか。」
この身の上話だけ耳にすると、何て不幸な出自の女だ、と人は思うであろう。生まれた星が違えば、今頃は平凡な日常を掴んでいたかもしれない。だが、そんな仮定の話は無意味であるし、同情してやる気も毛頭ない。
殺す為の毒に生かされるというのならば、それに従うまでだ。何せ毒は薬とも違わないのだから。
オレは戸愚呂を求めたくはなかった。
「その言い分からすると、お前は毒の摂取を怠っていたというわけか。」
「だって、もしも出来てたら……と思って最近控えてたから。」
自分と同じように生まれつき耐性があるかなんて、判断つかないじゃない。
じ、と悲哀を含んだ瞳が訴えかけてくる。どうやら戸愚呂は本気らしい。
「でも、大丈夫なの。 副作用って言っても、こうしてちょっと気持ち悪くなるだけだから。」
きっと、もう少ししたら治まるから。 戸愚呂はそう言い張るが、未だ嘔気を催していてどうにも辛そうだ。本当に孕んだとしたら、この女は一体どうなるのだろうか。孤独に耐えるつもりなのだろうか。
多少なりとも、オレにも責任はある。
「毒なら何でもいいのか? 調達してくるが。」
「……うん。 でも、なるべくならクロロホルムがいいな……。 アレ、甘くて美味しいから。」
「……そうか。」
まるで参考にならない情報を、どうも。
CHCl3、強く甘い芳香
170705