「ねぇ、お兄ちゃん。誰にでも憧れるシチュエーションってあるじゃない。あたしも、それを実践してみたくて今日試してみたのよ。
毒林檎を食べて棺に入るの。そしたら、運命の王子様があたしを助けに来てくれるのよ。甘いじゃない? 素敵じゃない? ロマンティックが止まらないじゃない?
でもね、問題があったの。自分の体質のことをすっかり失念してたってわけ。毒じゃ死ねなかったのよ。それどころか仮死状態にすらならなかったわ。そもそも誰も助けに来なかったし。棺の中痛いし。暑いし。無駄に疲れたし。
と、いうよりお腹減ったからラーメンでも食べに行こうよ。」
とある仕事の帰り道だった。卒なく任務をこなして、さぁ今日はゆっくりと風呂にでも浸かって休もうかと考えていた矢先、連れが冒頭のように一気にまくし立てた。これには、参った。素直に白旗をあげたくなるほどに。
何故こんな頭の悪くなりそうな会話に付き合わなければならないのか。それは、イルミが彼女の兄であることに他ならない。
彼はこの頭の弱い女が実の妹である、という事実を認めたくなかった。
この際、はっきりと言ってしまおう。妹は頭がイカれている。
―― それは、何年前の話だっただろうか。
「戸愚呂、そいつはもう死んでるんだよ。」
「そんなこと、だれが決めたの? ……だって、おにいちゃん見てよ。 彼、こんなに幸せそうだもの。 だからいいの。」
と言って、腐りかけた生首をうっとりと撫で回した。無理やりに取り上げてしまう、という手もあるが、そういった強行手段を取ると次のお気に入りが見つかるまで延々と泣きやむことはないので、かなり面倒くさい。
正直そこまでの労力をかけたくはないので、好きにさせておくのが一番いい。しかし醜悪な臭気だけは別物だ。遊ぶのであっても、せめて他者に迷惑をかけない敷地外でやってほしい。
物言わぬ首相手にぺちゃくちゃとお喋りを続ける戸愚呂の瞳は、決して焦点が合っているとはいえない。
今のお気に入りは26歳だった黒髪の執事だ。死にたくないと泣き叫ぶ男の心臓を容赦なく潰したのは、その小さい手だった。暗殺術だけは、着々と身につけているらしい。
「ふふふ。 王子様、ごはんは美味しい? 腕によりをかけて作ったのよ。いっぱい食べてね。」
彼女にとってはおままごとの延長に過ぎないのだろう。硬直した唇はもはや何も受け付けないというのに、無理やり泥や雑草を詰め込んでいる。そして、左の薬指にはシロツメクサのいびつな指輪。……醜い。
自然とため息をつく。次は、壊れない玩具を与えるしかなさそうだ。
―― イルミの悩みは一向に尽きない。
熱い麺をすすりながら考える。この馬鹿の頭のネジを締める方法はないだろうか、と。
庶民的にズルズルと音を立てて飲み食いする妹が、彼女の目指す“お姫様”とやらになれるとは到底思えない。
「でもね、お兄ちゃん。 白雪姫って喉に詰まらせた林檎を吐き出して生き返ったんだよ。 それって、毒殺っていうより単に窒息してただけだよねえ。」
「そうだね。」
しかし、未だに王子様が何のかんのと夢見る妹に辟易するが、同じ腹から産まれ落ちてしまったからにはどうしようもない、と大人しく会話に付き合うしかなかった。
せめて、ラーメンが美味かったのが唯一の救いだ。
死に損ないの夜
170501