ふと、明け方に目が覚めることがある。そういうときは大抵、ベッドの縁に腰掛ける彼の後ろ姿が目に入る。
散らばった衣服を順に身につけ、帰り支度をしている彼の姿だ。
あたしは寝返りを打つフリをして彼に背中を向けた。見てはならぬ物をうっかり見てしまった、という妙な気分。布団から肩と背中がはみ出して少し寒かったけれど、何となく引き上げたら負けな気がしたのでそうはしなかった。
あたし達の中に特に決まったルールはない。朝まで一緒にゆっくり過ごしてくれる日もあれば、こうして余韻を味わうこともなくいそいそ出て行ってしまう日もある。どちらかと言うと、後者のパターンが多い気がする。
仕事に行くのか、他の女に会いに行くのか、単に帰宅するだけか、あたしと同じ空間にいたくないのか、彼の真意は知らないが(わざわざ詮索したりなんかしない)、あたしは何とも落ち着かない気分にさせられる。
こういう時なのだ。世間一般の“恋人たち”というのは普段どういったやりとりを交わしているのか、といった疑問を抱くのは。
どういった頻度で、どういった距離感で、どういった言葉を用いて相手を推し量るのだろう。
会いたいと思ったら「会いたい。」と言うのだろうか。
離れたくないと思ったら「離れないで。」と言うのだろうか。
寂しいと思ったら「寂しいから側にいて欲しい。」と言うのだろうか。
そんな単純なことが、本当にまかり通るのだろうか。
きっと、彼はあたしが目覚めていることにも気付いている。けれど、何を言うでもなく黙って自分のことをする。
大事なことも、そうでないことも、彼はあまり言葉として表出しない。無口というわけではないが、口数が少ないことは確かだ。無駄を省き、必要最低限だけをする。少なくとも、あたしの前ではそうだった。
もしも仮にあたしがここで何かしらのアクションを起こして、もしもそれが彼のお気に召さなかったとして、もしもそんな詰まらないことで“あたし”という選択肢が消えたとしたら。
そしたら、どうなる? ……分からない。
そうしてひとしきり考えたあと、結局“何もしない”という安全策に行きつくのだ。正解・不正解のほどは分からないが(そもそも、そんな風に白黒はっきり決着がつく物なのかも知らない)、分からないなりに一番の好判断を取ったと思う。
あたしがそんな逡巡を繰り返しているうちに、彼はすっかり身支度を整えたようだった。あとは扉を開けて出て行くだけ。どうせ行くんなら、早く出て行って欲しい。
そうしたら、あたしはひとりきり。もう考え事をせずに済む。心置きなく再び眠りにつくことができる。
……だから。さぁ、どうぞ。一思いにどうぞ。あたしの元からさっさと消えてよ。
しかし、彼はどうやらあたしの存在を思い出したらしかった。寝返りによって中途半端な位置にあった布団を首元まで掛け直し、そっと頭をひと撫でされる。
ただそれだけ。言葉は何もない。別れのキスもない。けれど、どこか慈しむような温度を残して。
本当にそれ以上は何もせず、彼は静かに部屋から出て行った。ぱたん、と扉の閉まる音がする。
その音を合図にあたしの身体は弛緩する。
どういうわけか「やられた」という気持ちが強かった。そして「負けた」という気持ちも。もっと恥ずべきところは沢山あるはずなのに、恥部を惜しげも無く晒されたような、そんな敗者のような心地。
所詮、あたしがどんなにもがこうとも彼には見透かされているのだ。
だからこそ好きになれないの、クロロ=ルシルフル。だって、無知なあたしは次会った時にどんな顔をすればいいか分からないじゃない。
▲ 分からない女
171001