あたしは可愛い衣服に身を包むのが好きだ。モードもシックもフェミニンもカジュアルも似合うし、ミニ丈のベルラインが特にお気に入りだけどどんな形のドレスだって着こなす自信がある。
自分好みの靴を見つけると初恋を知った少女のように狂おしくて堪らない気持ちになるし、「素敵な靴を履くと素敵な場所へ連れていってくれる」という格言は実に真理を突いていると思う。素敵な靴を履いて出かけると、その先で今度は素敵なバッグやアクセサリーの数々に出会う。輝かしい彼女たちを手にするとあたしは自分がまるで最高級に良い女であるような錯覚に陥る。
キラキラと異彩を放つ化粧品の行軍はいつまでだって飽きずに眺めていられるし、その子たちで自分の顔を塗りたくるのはこの上なく楽しかった。
なのでファッションには惜しみなくお金を落とすし、ママなんかもあたしが可愛く着飾るのを“至上の喜び”であると謳っているため、いつだってたんまりと援助金を出してくれた。
だからあたしはいつまでも素敵なお嬢さんでいようと思うのだ。
そして、どういうワケかは知らないがクロロはあたしの“見た目”が好みだと言った。
常に美術品に触れ合っているような目が肥えた男だ。そんな男に唯一褒められた点は、全てあたしの密やかな努力の上に成り立っている。お洒落をするのは決して苦ではないけれど、クロロと出会ってからあたしは何故だか一層気が抜けなくなってしまった。
常時髪に枝毛が出来ていないかが心配になったし、全身にボディクリームを塗り込んで肌をしっとりとさせておきたかったし、爪先まで綺麗に磨いておかないと気が済まなくなっていた。
服装は下品になり過ぎないように、けれど野暮ったくないように小綺麗に纏めて可愛らしく。下着の色や柄や形なんかまでに逐一気を回して。女として、綺麗であり続けようとしている。
けれど、そんな瑣末なことをクロロは歯牙にも掛けないだろう。そしてあたしは女盛りが過ぎたら「見苦しい」とあっさり殺されるに違いない。その前に性格の不一致で殺されるかもしれないけど。(だったらあたしが先に殺してやるわ。)
「旅行にでも行くか。」
分厚い本から目を離すことなく、それでいて脈絡もなしにクロロはそんな話をし始めた。あたしは「どうせいつものことだ。」と思い適当に聞き流した。彼は時折脳内で自己完結してから結論を話し始めるので、意図が読めないことがままあるのだ。今回は単純な内容だったから簡単に理解できたけど、それだけに「あー、ハイハイ。 行ってらっしゃい。 お土産よろしくねー。」とすぐに他人事モードに入ることになった。
しかし、何故かクロロはあたしに視線を寄越した。どうやらあたしの反応を伺っているらしい。
「……えっ。 もしかして、あたしと行くつもり?」
他に誰がいるんだ? と彼は半ば呆れながら言う。何だ、さっきのはお誘いの言葉だったのか。というか、これはお誘いなのだろうか? 口振りから鑑みても、ほぼ決定事項という含みであったような気がしたが、恐らく気のせいではないだろう。
何せ、クロロは自分勝手で傲慢な男なのだ。
「一体どこへ行こうと言うの?」
「戸愚呂に案があればどこか候補に取り入れるが。」
「何泊するつもりなの?」
「何泊でも構わないが、二泊三日くらいが無難だろうな。」
「……その間ずっとクロロと一緒ってこと?」
「そうなるな。」
曖昧な質疑応答はこれにて終了。あとはこの案件を審判にジャッジしてもらうだけなんだけど、生憎そんなヒトは存在しない。
だったら自分で答えを出さなければならないけど、あたしはこんな気まぐれな男に流されるままで本当に良いのだろうか? と急に不安になってしまう。 以前までのあたしはこんな受動的な人間では無かったはずだ。
本音を言うと、行きたい、ような気がする。けれど、あっさりついて行ってあっさりボロが出るのは嫌だ。
ホテルに一泊ってことはよくあるけど、それ以上の時間を共にしたことはないし、四六時中クロロと一緒にいる自分ってのがまるで想像できない。
「っていうか、何であたし? オトモダチでも誘えばいいのに。」
「男と行っても面白くないし、お前を連れ出せば夜に一々思い出さずに済むしな。」
いや、だからそれは“女友達”と行けば解消される問題じゃない。なにも女という種族はあたしだけではないんだし。あたしより綺麗で可愛い人は世界中にいっぱいいるし、クロロだったらどんな相手だって思いのままだろう。何なら旅先で新たな女を捕まえれば良い話だ。
あたしがここまで渋ると思わなかったらしく、クロロは読みかけていた本を閉じた。パタン、と少しだけ鈍い音が響いた。
「逆に訊くが、お前でダメな理由はなんだ。」
どうせ暇を持て余してるんだろう? とクロロはあたしのことをハナから侮っている。
暇だけど、確かに暇なのだけれども。ダメな理由はごまんとあるのに、クロロはどうしてそれが理解できないのだろうか。
この“見た目”はあたしの日々の努力の成果に過ぎなくて、一日でも怠ろうものなら崩れる可能性大であるし、かといって自分でも悲しいかな“中身”が良いとは言い難いし、と言うより“自分の欲求第一”な自己中同士がずっと一緒にいたら関係も煮詰まってきそうだし。
「多分あたし、クロロにムカつくこといっぱい言うと思うし、絶対喧嘩になるよ。」
「オレはお前の我儘で甘ったれな性格は十分理解しているつもりなんだがな。」
「じゃあ戸愚呂の我儘が過ぎても、嫌気がさして置いて行ったりしない?」
「想定の範囲内だ。 置いて行くぐらいなら、始めから連れて行かないさ。」
なんだか真顔で凄く腹の立つことを言われてるけど(だってあたしばっかり悪い、みたいな口振りしてるけどクロロもあたしと張るくらい我儘人間のくせして。)、どうやらクロロは素のあたしで構わないと思っているらしい。
「だが、お前が嫌なら無理強いはしない。」
それに、珍しくあたしのために折れようとしてくれてるし。
それならあたしだって、たまには本音を伝えてあげても良いかなって気分にさせられるもの。
「嫌じゃないよ、別に。 むしろ、ちょっと行きたい、と思う。」
「そうか。 じゃ、どこに行きたい?」
「……あたしとクロロのことを知ってる人が誰もいない国がいい。 治安が良くて、景色が綺麗で、穏やかで、ゆっくりできるところ。」
「分かった。 検討しておく。」
クロロはあたしとの問答に満足したのか、あたしを膝の上に抱きあげた。距離が近付いて少し恥ずかしくなったけど、素直になりたい気分続行中なので抵抗はしない。そうして磁石みたいに唇が引き合うと、クロロとぐずぐずに溶け合いたくなってしまった。
読みかけで置かれた本が隣で恨めしそうにこちらを見ているけれど、今はあたしのものだから彼を解放してやる気はない。
さて、手始めに明日はネイルサロンにでも足を運ぼうかしら。だって、自己研磨はあたしの活力に繋がっているんだもの。
▲ 敏腕ノイローゼ・レディー
171013