「戸愚呂。 腹減った、メシ食わせろ。」
「フィンクス……キミねぇ、人の敷地またいでの第一声がそれかい。
パンツとか普通に干してるのに、麗しき女子の部屋にずかずか入り込むその気が知れないよ。」
「オレはお前がどんなパンツ履いてようが気にしねえ。」
「あたしはイヤなの! 何が悲しくてフィンクスにパンツの柄を見られなきゃならないんだ!」
「興味ねえって、んな色気のねえもん。 それよりメシだ。」
横暴だ、この眉無し野郎。せめてアポイントメント取るくらいの知恵は身に付けろや。携帯持ってるんだからさ。ボタン一つをピピっとやったらすぐ繋がる便利な世の中なんだからさ。
あたしの根城にはよく旅団員が来訪しにくる。コイツのようにいつの間にか合鍵を所持して勝手に出入りする輩も出はじめた。さすがは盗っ人集団といったところだが、やっぱり利用されている感は否めない。フィンクスはその中でも最たるもので、己の欲をまるで隠そうとしない。……ので非常に分かりやすくていいのだが。
「あー、はいはい。 何食べたい?」
「腹に溜まるモン。」
「んー、じゃなんだ。 オムライスか? トマトスパゲティか?」
「何でもいい。 早くしろ。」
「じゃ、スパゲティだ。 賞味期限が怪しいから。」
あたしは大鍋に水を張って火にかけ始めた。ついでだからあたしもご飯にしよう。2人分……いや、3人……いや、いっそ残りの全てのパスタを茹で上げてしまおうか。半端に残したってしょうがない。賞味期限も怪しいことだし、フィンクスならきっと食べてくれるだろう。
沸騰を待つ間にソース作りにも取り掛かる。トマトは値が張るので、安いトマト缶を使用する。(でも出来栄えに大差はない、とあたしは思っている。 むしろトマト缶の方が処理が少なくて楽だし。)
フィンクスは勝手知ったる家、といった我が物顔で冷蔵庫をあさりはじめた。あたしはとうに呆れかえっているため、物を言うこともとっくに諦めている。
「なんだァ? この家は。 ビールの一つも置いてねえのか。 気が利かねえな。」
「今切らしてるんだよ。 今日のところは大人しくオレンジジュースでも飲んでて。 ……あ、ちゃんと手洗いうがいはしてよ!」
「いちいちうっせーなー。 お前はオレの母ちゃんかよ。」
そう文句を垂れる割に、フィンクスは案外素直である。手洗いをきっちり済ませ、ソファにどかりと腰掛けてジュースを飲み始めた。いやまさか本当に飲むとは。別にいいんだけど。
うーん、けどアイツの顔にオレンジジュースは似合わないな。牛乳でもあげてた方がまだマシだったかもしれない。……ま、いっか。
「ん? なんだこれ?」
フィンクスはテーブルに乗せられた求人情報に目をつけたようだ。チラシを天に掲げてまじまじ見つめている。変な顔。手にしているオレンジジュースがより間抜けっぽさを引き出してていい感じ。
「バイトの求人だよ。 いま色々探してんの。」
「バイトォ? んなしみったれたもんしてんのか、お前。」
「だって、みんなあたしをクモに入れてくれないじゃない。 いざってときに生計立たなくなると困るからちびちびお金貯めてるの。」
「責任転嫁すんなよ。 お前が役立たずだからだろ。」
「……その割にお宝発見機に使うくせに。」
「使ってやってるだけありがたいと思えよ。」
「同情するなら金をくれ。」
「お前なんかに同情もクソもするかよ。」
「はいはい、知ってる知ってる。」
そうフィンクスと下らない会話を繰り広げる間に、スパゲティ作りはいよいよ佳境へと突入していた。
あたしの料理作りの腕は、知らぬ間に上達していた。自分でも驚くほど手際が良くなっている。フィンクスとかフィンクスとかフィンクスとか、他のみんなもちょこちょこあたしの料理を食べに来てくれるようになったから、かな。人に料理を作るのは、反応があるから意外と楽しい。楽しいから、また作りたくなる。 正のループの誕生だ。 ……おや? あたしって、いよいよ利用されているのでは?
茹で上がったパスタ(予想以上にかなりの量になった)をソースに絡める直前、フィンクスが思い出したように呟いた。「そういや一個あったな。 同情しないでもない、こと。」と。
「お前、団長に完全にフラれたらしいな。」
「……え、もしかしてシャルが言いふらしてた?」
「言いふらしてたな。」
「やっぱ殺しておくべきだった、あのクソガキ。」
フラれたとかフラれないとか、もはやそういった領域ではないのに。めんどくせえ。やっぱり職場選びは人間関係の善し悪しを含めて考えないとダメだな。肝に銘じておこう。
そう毒付きつつ、あたしの手元は狂うことなくトマトスパゲティを完成させた。大皿に移して、フィンクスの待つテーブルに運ぶ。フィンクスは「量が多いだろ!」とか単純にツッコむかと思ってたけど、何も言わなかった。なんか、変なの。
……あ、そうか。
「もしかして、わざわざ慰めに来てくれた?」
「あ? そんなわけあるか。 慰めたところでオレに得はねえだろ。」
「あー、そうだよねえ、一瞬でもそう思ったあたしがバカだった。 フィンクスにそんな気遣いが出来るわけないもんね。」
「うっせ。 もう食うぞ。」
「うん、どうぞ。」
フィンクスにフォークを手渡し、あたしも一緒に食べ始める。我ながら良い出来だった。トマトソースの絶妙な味。まろやかな甘みと酸味と、塩気がいい具合。パスタの茹で加減も丁度いい。この量を食べきれるか、が問題だったがこの分なら恐らく平気、だと思う。
このトマトスパゲティには奮発してウインナーをタコやカニの形にして入れた。でもフィンクスはきっと気付かない。
でも、それでいい。それがいい。
170914