とある都市の高層ビルの一角にある、とあるバーの扉を開ける。まず目に映ったのは雰囲気の良い内装だった。あたしはカウンター席につくとボロネーゼとジントニックを頼んだ。
ガラス越しに浮かぶ夜景が宝石のようで美しい。しかし、その代償として星は何一つ見えなかった。残念だが、仕方がない。
程なくしてジントニックが届く。美味しい。
「隣、座ってもいいかな。」
唐突に黒髪の爽やかな青年に声をかけられた。この穏やかな余韻を壊されたくなかったので、あたしは貼りつけた微笑みを返す。他人の侵略なんぞクソ程どうでもいい。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
彼は片手で椅子を引くと、あたしの左側に腰を落とした。「まずビールで」と慣れた様子で店員に注文すると、何故かあたしに向けてニコリと笑みをこぼした。どういうわけだか、彼はあたしに妙な関心を持ってしまったらしい。
「見たところ君は未成年みたいだけど、お酒を飲んでも平気なの?」
「ええ、見ての通り未成年よ。 なら、通報でもする? ディナーの時間を邪魔してくれたお礼をたっぷりさせてもらうことになると思うけど。」
半ば脅すように言うと彼はわざとらしく目を丸くさせたが、冗談だと判断したのかすぐに頬を緩ませた。
「聖人君子でもあるまいし、そんな気は更々ないよ。機嫌を損ねたお詫びに一杯奢ろうか。」
「へぇ、それがあなたの手口なの?」
「なんのこと?」
ビールが運ばれてきて、乾杯、と勝手にグラスを合わせられた。当然あたしの手も視界に入ったはずだ。へぇ、とぼけた人。面白い。
「あたしのことを指摘する前に、あなたの方こそとても成人してるようには思えないわね。」
「オレは20歳越えてるよ。」
「ふうん、もっと若いかと思ったわ。」
「よく言われるよ。」
もっと頑張りたいんだけどね。 彼は自虐めいた苦笑を洩らすと、静かにグラスを傾けた。始めは大して気にも留めていなかったが、改めて彼のことをしげしげと観察してみる。さらさらの前髪を垂らした先には、黒目がちな瞳が。その下には綺麗に通った鼻筋と唇が、絶妙なバランスで並んでいる。
さらに白い歯を覗かせて話すものだから、正に容姿端麗という言葉を形容したような人物なのだろう。
「君のことを少し聞いてもいいかな。」
「内容によるけど。」
「どうして、こんなところに一人で?」
「……何故そんなことを知りたいの?」
「だって、未成年の女のコが大都会のバーで一人飲みしてるんだ。 誰だって少なからず興味を抱くよ。」
へぇ、そんなものかしら。他人の詰まらない情報なんて、知ったところで得になるとは思えないけれど。
話す義理だって当然ない。けれど、今日は気分がいいから特別よ。決してヤケになったわけじゃないわ。
「……大した理由はないのよ。
家族には馬鹿にされてるけど、あたし、運命の王子様に出会ってみたいの。」
「王子様?」
「そう。よくある脳みそが溶けそうな童話の中に出てくる、しがない男のことよ。けど、あたしにとっては特別なね。」
たった一人の理想の相手に出会う。これ以上に難儀することってそうそうないわよ。
今日だって良い男に出会えるかもしれないと思って、特注のガラスの靴を履いてパーティーに参加してみたの。そしたら、驚いたわ。
「想像してた以上に、ガラスの靴って最悪だったわよ。重いし、固いし、蒸れるし、脆いし。綺麗に光るわけでもない汚れも目立つ。
こんなもの履いて舞踏会だなんて、 きっとシンデレラって頭でも沸いてたのね。」
「はは。 君は、面白い事を言うね。」
「冗談だ、って思ってるでしょ? 全部本当のことなのよ。」
ふと、何とはなしに男の唇の動きを追ってみた。少しだけ。ほんの少しだけ、踏み込んでみたくなったのだ。
「ねぇ、あなたばかり質問するのってフェアじゃないわ。 今度はあたしの番。 まず、あなたの名前を教えてよ。」
彼は人当たりの良さそうな笑みを浮かべながらあたしを見やると、ゆったりとした間を置いて答えた。
「クロロ=ルシルフル。」
残酷なプリズム
170529