彼女に関する一番古い記憶は、ボロ切れを身に纏った心許ない姿だった。

 十分に栄養が回っていないと窺わせる、覚束ない痩せぎすな身体。頬には薄汚く、いくつもの傷が付いていた。そびえ立つゴミ山に囲まれていると、彼女の存在はより一層小さなものに思えた。
 それも当然の話と言えよう。“ここ”には、華やかに着飾るドレスや、空腹を満たしてくれるご馳走なんて存在しない。自分たちに取って、それらは全て幻想の産物であった。
 けれど、彼女は自身の置かれている状況を悲観するどころか、“なんてことはない”と屈託なく笑うのだった。

 ◇

 正直に白状しよう。……“欲に目がくらんだ”のだ。
 しかしまぁ、現実問題として考えてみたらどうだ。果たしてこのあたしに、溢れんばかりの高揚感を抑え込む術があっただろうか。衣装ケースには、女の子なら誰しも一度は夢見るであろう“華々しいドレス”が収納されている。深い光沢感のあるビロード生地で、指を滑らすと柔らかくも高級感に富んだ手触りがした。

 ツレは「どうせ女は準備に手間取るだろうから、一足先に行って様子でも見てくるよ。 後でロビーで落ち合おう。」とさっさと部屋から出て行ってしまった。この衣装も、「仕事用の服は適当に見繕っといたから。」と彼が用意したものだ。
 そればかりではない。あたしのような一庶民が、絢爛甘美な豪華客船に潜り込めたのも、ひとえに彼の手引きによるものだった。

「本当はオレ一人でも事足りるんだけど、……っていうか戸愚呂がいたら逆に足手まといになるんだけど、さすがに男一人で潜入するのも空しいしさ。 戸愚呂、暇なら付き合ってよ。」

 これは、入船する前の彼の証言である。本来はマチやパクに頼むつもりだったようだが、二人とも別件で手が空かなかったそうだ。そういった所以で、あたしにお鉢が回ってきたというわけである。
 相変わらず余計な一言を付け加えた彼ではあったが、あたしが“豪華客船”という魅惑の響きに抗えなかったのもまた事実であった。

 普段は着慣れない、胸元の開いた煌びやかなドレス。空想の中で幾度憧れたかは分からない。
 恐る恐る身につけてみると、たちまち異次元に迷い込んだかのような錯覚に陥った。いや、夢も現も見紛う“別世界”なのだから、異次元と大袈裟に称しても、あたしに取っては真実に等しいだろう。
 パーティーにもまともに参加したことはないため(お宝略奪のため参加者を装って忍び込んだことは多々あったが、自分が出席者として呼ばれたことなんて一度だってなかった)、どうにも気持ちは落ち着かずそわそわしてしまう。
 その中で、――唯一の良心とも呼べるであろう―― 首から下げた簡素なネックレスは、ゆらゆらとご機嫌に揺れていた。


 華美な装飾の施された、螺旋状の階段を降りていくと、あたしの姿に気付いたらしいツレは手を挙げた。
 いつの間にやら、彼もタキシードに着替えている。周囲の雰囲気に見劣りしないよう、彼もそれなりの武装をしてきたようだ。

「へぇ、思ってたより中々サマになってるね。」
「シャルこそね。 でも、その髪型は何? クロロリスペクト?」

 シャル(今夜の相棒であり、あたしを面倒事に引っ張り出してくれた張本人である)は自慢のサラサラの金髪を、クロロのようにオールバックに固めている。元来が猫っ毛なので、恐らく多くの整髪料が犠牲になったことだろう。

「違うよ、ディカプリオだよ。」

 からかうように指摘すると、シャルは「心外だ」と少し不服そうにした。

171215