「戸愚呂の知り合いに可愛い女のコっている?」
そう脈絡もなく尋ねてきたシャルナークは、まるでスポーツ飲料のCMに出てくる俳優のような爽やかな笑みを浮かべていた。
しかし、その清涼さとは打って変わって、明らかに“下心”を含んでいるであろうその要件にあたしは己の耳を疑った。
“可愛い”。可愛い……かわいい……? キミは、自分が一体何を言っているの分かっているのかね。そもそも、キミの言う“可愛い”の定義ってなに?
あたしが胡乱な視線を向けると、シャルは何を勘違いしたのか「仕方ないな」とばかりにあたしの手のひらに格安チョコ(駄菓子屋で買える10ジェニーの代物である)を押し付けてきた。は? 何よ、これ。もしかして賄賂のつもりかなんか?
そんな(アホな)シャルの様子に不信感はますます募るばかりである。
「……なにそれ、何のリサーチ?」
「オレも最近人肌恋しいっていうかさー。 まともな彼女が欲しくなってきたというか。 だから、戸愚呂の知り合いに可愛い子がいたら紹介してもらおうと思って。」
「はぁ? じゃあ適当にナンパでもして女の子引っ掛けてきたら? シャルそういうの得意でしょ?」
「それも少し考えたけど、ナンパって成功率低いし、そもそも大した成果が得られない割に労力使うからめんどくさいんだよねー。
だったら、戸愚呂の無駄な交友関係の広さを利用しない手はないし。」
―― けど、団長はどこで彼女を調達してきたんだろ? 大体、団長に彼女がいるのが納得いかないんだよ。しかも美人ってのが輪をかけて腹立つし。
シャルは続けて、そんな頭の痛くなりそうな疑問を投げかけてきた。
はー……そういうことか。ようやく腑に落ちたわ。アホくさ。
男ってやつは……男ってやつは、本当に単純で頭がわるくてスケベだ。女とは違ったベクトルで見栄っ張りだ。
シャルなんて、ついこないだまで「団長にだって彼女の一人や二人くらい居るでしょ。」って余裕たっぷりな解説かましてたくせに、いざ“その彼女”がどんな女であるかを知って途端に慌てだしたらしい。仮に“クロロの彼女”が二目と見られない醜女であったとしたならば、シャルはここまで過剰な反応を示さなかっただろう。
仲間より“良い女”を連れているという優越感に浸って、男のチンケなプライドを保持していたい。男としての面目と体裁を保ちたい。そんなアホな理由が透けて見えてくる。
つーか、隣の芝生は青く見えるだけじゃなくって?
「あ、それならこんな案なんてどう? いっそ盗賊らしくクロロの彼女を強奪するとか!」
「ヤダよ、考えるだけで恐ろしい。 そんなことしたらどんな目に遭わされるか。」
「ハイハイハイハイ、シャル君の〜ちょっといいトコ見てみたい〜。」
「いや、そう囃し立てられてもやんないから。」
「……チッ、いくじなしめ。」
盗賊の風上にもおけない男だな、シャルナーク! 不甲斐ないにも程があるぞ!
相手はあの辛気くさいビブリオフィリア野郎だぞ?(注:ビブリオフィリア−書物崇拝狂のことである)そんなクロロなんぞどこに恐れる要素があるというのだ。たまには真っ向から勝負してみんしゃい! クロロなんて怖くないわい!
……とまぁ、強情はりましたけど、冷静に考えてみると確かに一番怒らせたら怖いのはクロロなんですけどね。でもでも、逃げてばかりじゃ男じゃないぞ、シャルナーク! それではマヤには勝てなくってよ!
「まっ、そういうわけだから、可愛いコ何人かリストアップしといて。」
「え〜。 これっぽちの報酬で何であたしがそんな下らないこと……。」
「あ、ちなみにここにボリュームがあったほうがオレ好みだから。 そこんとこも加味しといて。」
下品にも、シャルは両手で大袈裟に豊満な形を表現している。……呆れて言葉も出ない。いよいよ、キミは馬鹿なんだな?
「男のロマンが詰まってるから」とか言われたって知ったこっちゃねえよ。女子のバストに勝手にそんなもん詰め込んでんじゃねえ。貧乳派・巨乳派とかどうでも良いんだよ。豊胸術した胸にロマンが詰まってるか? 詰まってるのはせいぜいシリコンくらいなもんだぞ。
幼気な少年心を忘れてないんだったら、詰め込むのは一切れのパンとナイフとランプくらいにしとけ? 父さんが残した熱い想いと、母さんがくれたあの眼差しを決して無駄にすんな? 地球は回ってるんだぞ? 君をのせて回ってるんだぞ? 何気なく口ずさんでたけど、とっても素敵な歌詞だったんですね? 疑問だけどムスカはロリコンなんですか? 彼は奥ゆかしさがウリの貧乳派なんですか? シリコン反対派なんですか?
余談ですけど、あたしはヤックル派です。
「っていうか、可愛い女の子なら身近にいるじゃん。」
「え? どこ?」
「目の前。」
「目の前? あれ、目が霞んできてよく見えないや。視力落ちてきてんのかな、オレ。」
「…………キミさぁ、ほんといっぺん死ねば? つーか、逝くようにあたしがこの場で引導渡してやろうか? 容赦なくヘルトゥーユーしてやろうか? 豆腐の角じゃなくてぶつけるのは机の角でいいな? キミが行き着くのは間違いなく天国じゃないな? 地獄だな? 地獄の最下層にでも堕ちて物理的針のむしろでも味わってきたら? そんで鬼とSMプレイでも楽しんでこいよ。 賄賂渡したって地獄の沙汰は金次第じゃどうにもなんないと思うけどな!」
「あはは、冗談冗談。 戸愚呂だって捨てたもんじゃないよ、割と。」
―― ただ、多少のボリューム不足感が否めないだけで。 と、シャルはあたしを見下して下劣な笑みを含む。
で、出た! 空気の読めないシャルナーク君の鋭いカウンターが炸裂だ! 戸愚呂選手、このまま防戦一方で終わってしまうのか!?
いくら寛容なあたしと言えど、許せることとそうでないことの区別くらいある。それをこの期に及んで……このガキャ……。
「悪かったな! 貧相な身体で!」
「そんなこと誰も言ってないだろ。 被害妄想はやめろよ。」
「ほぼ同じこと言ってるようなもんだろ! 貧相な女じゃ恋愛対象になんねえ、みたいな口振りしてよ。」
大体ね、男ってムカつくんだよ。 可愛い子の前じゃ良い顔して、ブスにはあからさまな態度取ったりするだろ。この世の格差社会っつうものをひしひしと感じるんだよ。
ヒエラルキーのトップに立つのは美人だって相場が決まってるんだよ。美人は良い目見過ぎなんだよ。そうやって美人が独占するからブスには回ってこないんだろ。だったら、お世辞でもいいから可愛いくらい言えよ。ブスには「キミって愛嬌あるよね」で誤魔化してんじゃねえよ。見え透いてて逆に傷付くんだよ。陰でブスに好かれたって嬉しくないとか言うなよ。そんなこと言うテメーが良い男か? 悔しかったら全盛期のキムタクばりに良い男になってみろや。人生の負け犬が美人にフラれてその憂さ晴らしにブスをいじめてんだろ。そんなやつの尻拭いを何でブスがしないといけねえんだよ。ブスにだって夢見る権利ぐらいあるんだよ! みんなお姫様に憧れてきたんだよ! 人生で一度は跪かれて手の甲にキスとかされてみたいんだよ! ブスだって好きでこんな容姿に生まれてきたわけじゃねえんだよ! 遺伝子上の問題なんだよ! 出来ることならとっくに遺伝子情報組み替えてるわ! 可愛いグラマーガールになってみせるわ!
「……あたしだって、あたしだって承認欲求くらいあるんだよ! 素敵な殿方から可愛いとか思ってもらえたら嬉しいし、人肌恋しいのはあたしだって同じだっつうの! あたしだって誰かと溺れるような恋に落ちてみたいの! 胸が踊るような可愛い恋愛してみたいし、好きな人からも恋されてみたいの!
ラブストーリーは突然になんだよ!」
そう一息にまくし立てると、シャルはしばらく目を瞬いた後、思いがけぬ一言をぶつけてきた。
「だって、戸愚呂は“クロロ”だろ?」
完全に虚をつかれた、真っさらな言葉だった。
「……え? あ、え? うん?」
「だったら、オレの出る幕ないし。」
―― ま、この件は白紙でいいや。
―― 自分で何とかするから。
シャルはあたしからふいと顔を背けると、そのままどこかへ行ってしまった。
え、怒ったの。待ってよ、シャル。調子乗ってごめんってば。もうひがみたっぷりなブスの、好き勝手な講釈垂れるのはやめるから。
でも、でも。だからってあたしを置いていくなんて、シャルらしくないじゃない。
180211