あたしは現在、とある高級ホテルの立食パーティーに来ている。わらわらと蠢くヒトの中で無駄な気力を消耗したくなかったので、すぐさま隅の柱に寄りかかって“壁の花”に徹することにした。
 視線を動かすと、ぎらぎらと主張する色彩ばかりで目に余る。どうやら、華やかな社交界とは意地と意地のぶつかり合いで成立しているようだ。

「おひとつ、いかがですか?」

 独りぼっちのあたしを憐れんだのか、横を通り過ぎたボーイがにこりと口角を吊り上げた。「ありがとう、頂くわ」あたしは微笑み返し、給仕係からグラスを受け取った。その色合いから“シャンパンなんだろう”と当たりをつけてみたものの、正直味なんてよく分からない。
 けれど、炭酸がシュワシュワと口紅を溶かすのがイヤで堪らなかった。

 ―― あー、かったりい。 帰ってドレス脱いで化粧落として風呂入って浴びるようにビール飲みたい。
 ―― 他人におべっか使って、睨みきかせて、何が楽しい“パーティー”だっつうんだよ。

 と、何故こんな思いまでして辛抱強くこの馬鹿げた饗宴に身を置いているのかというと、他でもないボーイフレンドに招かれて来てしまったからだ。ちなみに、中央の壇上にて下らない挨拶を繰り返しているのがあたしの彼。艶やかな黒髪に、小綺麗にまとめられた端正な顔付き。加えてモデルのような長身に見合う、華々しいオートクチュールが印象的だ。容貌は良い、完璧に近い。外見に反して中身がないのが欠点であるが、彼のおかげで何不自由ない生活を送ることが出来ているため付随する内容物のことは余り気にしていない。
 要は、あたしは彼を“愛している”のだ。

 時おり彼は演壇からチラチラとあたしの様子を窺って合図を送ってくる。言わば、恋人たちの印というやつか。 ―― そんなに四六時中監視してるみたいに見なくたって、あたしはどこにも行かねえっつうの。テメーは看守並のストーカーするしか能がねえのか? ―― と内心毒付いてみたものの、そんな風に彼が一発で卒倒しそうな態度は微塵も取らずに、あたしは顔面に柔らかい笑みをたたえ続けることにした。そうすると彼は満足そうにする。傑作だわ。
 こんな仮面すら見抜けないなんて、やはりあなたは馬鹿以外の何物でもないのね。最高の賛辞を送ってやるわ。

「お前にしては悪い趣味だ。 賛同しかねるな」
「何か用? 今はプライベートのはずなんだけど、団長」
「プライベートならオレは“団長”じゃない」
「じゃあ改めて言い直すわ、何か用なのクロロ」

 先ほどからあたしが苛々しているのに気付いていたのか、一人の男が近付いてきた。
 見目麗しき美貌を誇っているこの男。そこいらの女だったら声をかけられただけで舞い上がってしまいそうな色男だが、あたしは彼の事をよくよく存じ上げているため特に動じることもなかった。

「オレがここにいる時点で、お前は既に大方の察しはついているんだろう?」
「はぁ、どうりでタイミングが良すぎると思ったのよ。
 ……今、順風満帆ってところなの。お付き合いを始めてから3ヶ月。 中々良い頃合いでしょ? ここまで漕ぎ着けるのに結構苦労したんだけど」
「悪いが仕事優先だ。 “恋人ごっこ”なら他にいくらでも出来る」
「分かったわよ。で、今日は他に誰か来てるの?」
「シャルとパクの二人だ。それほど大掛かりな作業にはならない」
「それで、あたしは何をしたら良い?」
「そうだな、お前には手始めにあの男でも殺してもらうか」
「はいはい、了解」

 クロロの綺麗な指先は壇上に向けて真っ直ぐに伸びている。さようなら、マイダーリン。あなたとの生活は中々楽しかったわよ。
 ただ少し残念だったのは、誰も“彼”の代わりには成りえないということね。所詮、玩具は玩具だったってことをあたしに悟らせてしまったの。

「クロロ、仕事が終わったら飲みに行かない? 馬鹿な男にも不味いお酒にも飽き飽きしてたところなの」
「その割には名残惜しそうだったが?」
「さっきのはちょっと言ってみたかっただけ」
「そうか。 せめてもの詫びに今夜くらいは付き合ってやる」
「約束ね! 絶対よ」

 あたしが念を押すと、クロロは無機質な笑みをますます濃い物にした。そんな表情一つに、くらりと目眩がする。
 ―― ずるい人。そして、この上もなく残酷なひと。
 でもね、この餓えも渇きも同時に潤してくれるのはあなただけなのよ。血塗られた手を洗い流してくれるのも、あなただけ。あたし達に愛だの何だのが相応しくないのは承知の上なんだけどね。だからこそ“恋人ごっこ”くらいが丁度良いんじゃない。あたしの蜘蛛をかたどるのは、クロロの頭があるからよ。
 きっと訊いてもあなたは答えてくれないんでしょうけど。
いとしのレイラ
初期執筆日:2013/01/13
(180216改訂)