※やや卑猥表現あり。









 あたしは、彼の身体の下敷きになるのが好きだった。
 海底深くに潜り込んだかのように、ざわざわと耳鳴りが襲いかかってくる。もがけばもがくほど苦しくなるというのに、必死に酸素を求めて抗ってしまう自分がいて愚かしい。案の定、呼吸器官が乱れて更に苦しくなるばかりだった。

「クロロ、……熱い。」

 クロロは意外なほど体温が高い。彼はあたしに覆い被さると、幾度も肌を蝕んできた。瞼や首筋や鎖骨に柔らかな唇の感触を落とされ、一つ一つ確実に熱を植え付けてゆく。おかげであたしはのぼせそうになってしまった。
 あたしの非難をさして気にする素振りも見せず、クロロの手は襟首から侵入してきた。焦らすためなのか、ゆっくり味わうつもりなのか、指先で下着のふちを丹念になぞられる。
 それでも、快楽を期待してしまっている身体は鋭敏に反応を始める。ぴくりと肩が跳ねると、クロロは愉快そうに笑んだ。その商売道具のような綺麗な顔で、幾人の女を騙してきたというの。

「戸愚呂。」

 クロロが服を一枚一枚剥ぎ取るたびに、あたしの余裕は奪われてゆくのだ。“彼に余すことなく見られている”。その事実があたしの身体を目一杯羞恥心で満たした。
 先程までの緩徐な動きとは違い、今度はさして頓着する様子もなく下着にまで手をかけられた。彼の手が背中に回ると、ぷつ、とホックの外れる心許ない感触がした。そのままシルエットを確かめるように、掌は背部から腰部のくびれまでを這いずり回る。その手はもはや留まっているだけの布地をどかすかのように、明確な意思を持って胸元を包み込んできた。同時に腕から肩紐を抜かれると居場所を失った布地は遠くに放られる。
 待ってよ、あたしのラ・ペルラちゃん。
 追いすがるあたしを尻目に、彼女はぱさり、と力無く床に倒れ込んだ。

 ……なによ、それ。
 あたしの苦労なんてちっとも鑑みてくれないのね。
 少しでも形が綺麗に見えるように、だとか。スタイルが良く見えるように、だとか。可愛いと思ってもらいたい、だとか。そんな下らないことに時間をかけて所謂“勝負下着”を吟味しているにも関わらず、「脱がせば同じだ」と言わんばかりにあたしの愛しいひとを雑に扱うなんて酷いじゃない。
 それじゃあ、綺麗に盛り付けられた料理を見たとしても「腹に入れれば全部同じだ」と主張するリアリストと同レベルじゃないか。そんな馬鹿げたことを言うのなら素材だけ食っておけば良いのだ。あなた達は“プレゼントは包装込み”だって大事なことに、どうして気付かないでいられるのか。値札シールが貼られた味気ないプレゼントでも嬉しいと言うつもりなのか。本当に女心を分かっていないんだから。
 思わず恨みがましく()め付けると、あたしの視線に気付いたクロロは「さっきから何が不満なんだ?」と首を傾げた。

「もっと、あたしのことちゃんと見てよ。」
「……これ以上無い、というくらいには見てるが?」

 クロロの視線は、あたしの剥き出しの上半身に注がれた。そういうことじゃねえんだよ。
 彼は「萎えるから茶々を入れるな」と自分勝手を言い、徐ろに動作を再開させた。胸元に置かれた手が形を確かめるように動いたけど、あたしは腹が立っていたので、もう一言も口をきいてやるもんか、と唇を真一文字に結んでやった。
 そんなあたしの姿を見て、彼は苦笑する。

「なぁ、機嫌を直してくれないか。」

 普段より幾分か優しい響きで、クロロはあたしに語りかけてきた。そのまま顔を寄せてあたしの唇を奪うと、舌先で境界線をなぞってくる。
 あたしはまだ許しがたい気持ちになっていたけど、こんな風に情けないクロロを見るのも悪くないと迂闊にも思ってしまった。
 彼の背中に手を回し、逞しい身体を引き寄せると彼は素直に従った。硝子玉のような瞳があたしに近付く。

「あたしのこと、ちゃんと見て。」
「……見てる。」

 互いをしっかりと捉えながら、口付けは深度を増した。あたしはクロロの体温の高さを思い出して、再びのぼせそうになる。
 茹だるような熱さがいやなのに、ちっとも気が合わないはずなのに、彼との相性は不思議と良い。
 視線のかち合うタイミングとか、キスをしたくなるタイミングとか。そういう瞬間が謀ったように合致するので、下手な相性占いなんかを聞くよりよっぽど信憑性があると思った。自分がして欲しいことを、相手も同じように求めていて。そんな連結を感じるたびに、クロロと思いが通じ合ったような気がして快感だった。

「はぁ……、」

 狂った心臓のせいで息が荒れる。
 裸体が合わさって、汗ばんだ肌がぴとりと貼り付いて。クロロのしなやかな筋肉を、節くれだった手を、血管が怒張した腕を、はっきりと境界線を描く喉仏を、そんなものを逐一感じて、女にはない男の部分が愛しくって。熱くて、苦しくって、あたしはいつまでも呼吸困難感に苛まれるのだ。
 熱気のせいでえらく喉が渇くので、水分を求めるため舌を差し出すと彼は応えるように舌を絡めてくれた。蠢く舌から唾液を送り込まれると、あたしは必死にそれらを飲み込んだ。
 今度は細胞が満たされすぎて水分過多になってしまう。このまま供給され続けたら、きっとあたしは破裂してしまうわ。
 もうやめて。
 でも、やめないで。
 汗なのか唾液なのか、液体でぐちゃぐちゃに(まみ)れたあたし達は、互いの中に濃密な根を張ることで支え合っている。
 それを裏付けるように、クロロが入り口を押し広げ内部に侵入してくると、あたしの身体は歓喜に打ち震えたのだ。
 クロロに全てを晒すのが嫌で、心さえ盗られたくなくて。けど、どうせいつか死ぬ日が来るのだとしたら。
 きっとあたしを、あなたの海で溺れさせてね。

白日夢で溺死
180331