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気が滅入ってしまうネクタイを締めるのにも、堅苦しいスーツを着るのにも、すっかり慣れてしまった。
世界は、思っていた以上に広い。想像もつかないほど多種多様な人種・言語・文化で溢れかえっていた。その中で、見渡せば“女”なんて腐るほどいた。当然だ。世界には雄と雌しかいないのだから。歩けば必ずどちらかにぶち当たる。
ただ、理解をしたところで他者に対してまるで興味は湧かなかった。同胞を失ってから、そういった感情には一切蓋がなされている。そもそも、己のことなど二の次なのである。欲望のまま求める物など此の世には何もない。
しかし、隙間の空いた時間があるとふと考えるようになっていた。考える、というより気付いたと表現すべきか。
着々と集まりつつある仲間達の眼。もう少しで、完遂するところまで来ている。
復讐。眼球の奪還。
成し遂げてしまったら、他に何をしたらいいのだろう。何処に行けばいいだろう。道に迷ってしまうかもしれない、根が生えたように途端に動けなくなってしまうかもしれない。オレは、生きるための目的をすっかり彼らに押し付けてしまっている。自分の生きる意義が、明瞭に見出せなくなっていた。
そんな中で瞼を閉じると、まばゆい記憶が顔を覗かせた。鮮やかな紅い色。きっと一目見たら分かるはずだ。
彼女の眼球は、まだ取り戻せていない。
手口が巧妙であるのか、どうしても残りの眼球の持ち主が特定出来ないでいた。その手掛かりすら掴ませて貰えていない。上手く事が運ばないもどかしさに、無性に苛々とした気持ちが募った。
「ボス、よろしいですか。」
コンコン、と控えめなノックが部屋に鳴り響いた。許可を下ろすと、部下の一人が頭を掻きながら尋ねてくる。表情から察するにどうやら面倒事らしい。
「表に怪しい女が訪ねてきたんですが。」
「……怪しい女?」
「はい。 騒ぎ立ててうるさい女で。 “クラピカに会わせてくれ”って、ボスの名前も知ってました。」
「面倒だな。 そんな女は摘まみ出しておけ。」
「分かりました。」
しかし、指示通り掃けそうになった部下が手にしている物が急に目に飛び込んできた。
大振りの、一枚の羽根だった。
ひどく懐かしく、見覚えのある色彩と形を成した。
「待て、その手にしている物は何だ?」
「あぁ、例の女が差し出してきたんですよ。 “これを見せてくれたら、きっと分かるから”って。
でも、なんてこと無いただの鳥の羽根ですよね。」
部下はへらへらと笑ったが、反してその浅慮さに嫌気がさした。コイツは大減俸だな。本当に脳が機能しているのか、いじくり回して調べてやりたいぐらいの失態だ。
確かにそこらを往来するただの鳥の羽根だったら、さして気にすることもなかっただろう。
それが、故郷でよく目にした地走鳥の羽根でなかったら。
◇
「いや〜、お目通りも叶わず叩き出されちゃうかと思ったよ。
何だか、いかめしいところで働いてるんだねえ。」
もっとも軽い調子で、女はけろりと言ってのけた。余計なことは大して考えていないのだろう。きょろきょろ興味深そうに部屋の中を見渡し、肩に力が入っている様子はまるでない。それどころかソファにだらりと身体を預け、リラックスしている様にも見えた。
オレは、あまりの衝撃に言葉も出てこないというのに。
「あれ? 呆けちゃって、どうしたの。 もしかして、あたしのこと忘れちゃった?」
4年、いや5年か。
あの頃より背も手足も伸び、幼さの残っていた顔付きは大人びたものに変化している。
夢にまで見た彼女が、一人の女性として成長を遂げて現れた。見目似ているだけの他人、ではない。纏っている雰囲気からそれは即座に判断出来た。何しろ、彼女の蜂蜜色は崩れていない。
動悸が止まらず、酸素が上手く吐き出せない。喉から絞り出すように出した声は掠れていた。
「……戸愚呂、なのか?」
「なんだ、ちゃんと覚えてるじゃない。」
にんまりと、彼女は目を細める。それは、彼女が人をおちょくるときにする独特な笑い方だった。
「ようやく会えたね、クラピカ。」
オレの名前を呼ぶときのわずかな仕草、癖。正真正銘の、戸愚呂だった。
170814