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ひどく混乱していた。
言いたいこと、聞きたいこと、あらゆる言葉が頭の中で無尽蔵に溢れかえって収拾のつかない事態となっていた。まるで洗濯機にかけたかのように、ぐるぐる思考の輪が回って止まらなくて。
それは三半規管にも影響し、軽いめまいすら覚えるほどだった。
「本当に、幽霊じゃないのか。 足はあるのか。」
「あるよ。 」
戸愚呂は得意げにぷらぷら足を動かしてみせた。だが、それだけでこの疑いが晴れようもない。まだ可能性のいくつかは残されているのだ。
「夢じゃ、ないのか。」
「体温だって感じるでしょ、ほら。」
おもむろに頬に手を伸ばされると、確かに暖かい感触がした。
しっとりと、柔らかい指先。戸愚呂の存在を知らせてくれる体温。
同時に、心にじんわりと“何か”が広がっていく。果たして今、自分はどんな顔をしているだろうか。
「私は……戸愚呂は、もうこの世には存在しないものだとばかり思っていた……。」
「うん。 そうだろうな、って思ってたよ。」
ぽつりとこぼすと、戸愚呂もぽつりと返す。
その少しの間ですら惜しかったが、これ以上何を話せばいいかまるで浮かんでこない。言いたいこと、聞きたいことは山ほどあるというのに、そこから言葉を選択することができなかった。
「そっか、分かった。」
戸愚呂は思いついたように言った。
―― 仰々しいんだよ、クラピカの口調。 故郷の言葉で話そうよ。
「そうしたら、もっと素直になれるはずだよ。」
「……そうだな。 そうかもしれない。」
戸愚呂流の“肩の力を抜け”、という気遣いらしかった。相変わらず下手な匙加減だ、と思ったが、そのおかげでようやく少しだけ笑うことができた。
◇
見せるか否か判断がつかなかったが、仲間達の目を祀った部屋へと戸愚呂を案内した。自分と同じ想いを共有する者はいないと分かりきっていたので、誰一人として通すことのなかった領域である。
戸愚呂は何も言わずに瞳を閉じると、静かに手を合わせ仲間達へ祈りを捧げた。
望んでいたはずだったのに、その姿を見たら少しだけ悲しくなったのは何故だろうか。
それから、ソファに二人して寝そべり今までの出来事を話した。戸愚呂が横たわったから、オレも同じようにした。どうしてこんな不自然な体勢を取ったのかは判然としないが、二人にとってはごく自然な流れだったのだ。今まで戸愚呂とこんな距離を取ることは無かったというのにも関わらず。
何しろこのソファはそれほど広くはない。肩も肘も腰も戸愚呂にぶつかる。けれど文句を言うでもなく、彼女は嬉しそうに微笑むばかりだ。
「どうやってここの場所を調べたんだ?」
「えっとね、かくかくしかじかで。 説明するの面倒だしなぁ。 んー、良いじゃない、正々堂々とちゃんと玄関から出向いたんだから。
……あたしがここに辿り着いたって事実があれば。」
どういうわけだか、戸愚呂の返答はどれもこれも曖昧なものばかりだった。
今までどうやって暮らしてきたのかと問うと「のらりくらりと。」と言う。どうやってあの場から助かったのかと問うと「その時の記憶がまるでない。」と言う。
故郷には確かに128人の遺体があった。“誰か”が戸愚呂の身代わりとなっていなければ人数が合わないのだ。問い詰めるつもりもないが、辻褄の合わない違和感が何とも気持ち悪かった。
戸愚呂は付け加えるような言い訳をした。
「あたしは過去に捉われない生き方をしたいの。 未来に“目”を据えていたいの。」
「なら、オレは過去に属すだろう。」
「意地悪言わないで。 クラピカは特別枠だってば。 でないとこんな必死こいて会いに来ないでしょう、普通。」
「……必死だったのか?」
「必死だよ。 今も、昔も。
……気付いてた? パイロはずっと昔からあたしの協力者だったの。」
―― 協力者って称すると悪巧みしてるみたいに聞こえるかもしれないけど。
―― パイロはあたしの気持ちをいつも慮っていてくれたから。
「だから、煉獄の炎に巻かれてでも会いに来たんだよ。」
「それは……。」
―― 一体どういう意味だ? 追求しようとしたが、急激な眠気に突如襲われたため言葉は続かなかった。何故、こんな急に……。そんな疑問を抱くも、まともに開けていられないほど目蓋は重くなった。
抗おうとするも、徐々に世界と戸愚呂の境界線が曖昧になってゆく。まるで彼女の輪郭が大気中に溶け出し、全身を蜂蜜色の光に包まれているような、そんな温もりさえ感じた。
そんなオレの様子に気付き、戸愚呂はくすりと笑みをこぼした。
―― 疲れてるんでしょう。 肩肘張って生きてるから。
―― クラピカには、素敵な仲間がたくさんいるのにね。
朧げな思考の中でその声に応える。
―― オレは一刻も早く“戸愚呂”を見つけたかっただけだ。
―― あれから、戸愚呂に伝えられなかったことをずっと後悔してた。
くすくすと、戸愚呂の笑い声が柔らかく響く。
―― クラピカはあの時、何を伝えてくれようとしてたの?
あの時……。
―― 戸愚呂には、誰よりも幸せになって欲しい。
―― そして……
―― オレは、戸愚呂のことを……
いよいよ完遂出来ると思ったのも束の間、意識はそこで完全に途絶えたのだった。
170921