「パイロ、どうしよう! またやっちゃったの!」

 助けて! と黒髪の幼馴染へ泣きつくと、彼はあたしに“やれやれ”と仄かな苦笑を混じえた視線を向けた。
 あたしがパイロにSOSを求めるのは常のことであり、その素振りからどうやらパイロは事の顛末を知っているようだった。

「うん、クラピカから聞いたよ。 ピコの事でからかったんだって?」
「ち、違うの。 ……いや、確かに事実はそう違くはないんだけど。 本当はね、“一緒にピコに乗る練習しない?”って言おうと思ったの。 でも何故か口が思わぬ方向へ滑っていって……。そんなつもりなかったのに、どうしてあんな事言っちゃったんだろう。
 あー、どうしよう、クラピカ怒ってたでしょう? っていうか、見るからにすっごく怒ってたし!」
「……うーん。 まぁ、ね。」
「あー、もー! サイアク! バカだ、あたし。」

 自分が招いた事態とはいえ、むしゃくしゃした気持ちが治らず頭をぐしゃぐしゃに掻き回す。この気持ちを鎮めるためなら、髪型が崩れようがお構い無しだった。(今はパイロしか見ていないし。)
 しかし、気分は低空飛行気味でちっとも晴れやしない。

「本当は……本当は、前みたいに仲良くしたいだけなの。」
「その気持ちをさ、ボクに言うのと同じようにクラピカに伝えればいいんだよ。」

 パイロはいとも簡単そうに言ってのけるが、そうは問屋が卸さないのだ。何故なら、クラピカの前に立つとあたしの口と舌は勝手に空回りをし始めるから。(そんな気は全くもって無いのに、ヒネくれた口はあまのじゃくにするする言葉を紡いでしまう。これぞ正しく矛盾というヤツだろう。)
 クラピカに素直に、だなんて想像しただけでも絶対に無理な気がする。

「それが出来たら苦労しないよ!」
「じゃあ、戸愚呂はこのままクラピカと仲違いしたままで良いんだ?」
「うっ……。」

 崖っぷちのあたしにもはや選択肢など残されてはいない。
 こうしてる内にもクラピカとの溝は深まるばかりなのだ。

「良くはない、……けど。」
「なら頑張って。 ボクだってまた三人で遊んだり勉強したいし。 こうやって二人の板挟みにもなりたくないし。 今後どうなるかは戸愚呂にかかってるんだからね?」

 ビシ! とパイロはあたしに向かって人差し指を突きさした。一見大人しそうな印象を受けるが、その実パイロは割合はっきり物事を言う。
 しかし、その言葉は真っ直ぐあたしの背中を押してくれるので心底ありがたかった。

「は、はい! がんばりマス!」

 あたしもビシリ! と敬礼を返すと、「その意気だよ。」とパイロは朗らかに笑った。

 ◇

「あっ、クラピカ!」
「げ、戸愚呂。」

 あたしが密かな決意を固めて歩いていると、地走鳥の世話をしているクラピカに出くわした。どうやら、これから乗る練習を始めようとしていたらしい。
 これは、絶好のチャンスだ。今までの汚名を返上して、見事なまでの名誉挽回といこうじゃないか。

 よし、勇気を出して。
 “一緒にピコに乗る練習しようよ!”って言うだけ。なーんだ、簡単なことじゃない。楽勝、楽勝。悩んでたのも馬鹿らしいくらいだ。
 そうとなったら……

「クラピカ、」
「なんだよ。」

 あっ……
 クラピカだ。当たり前だけど、クラピカがあたしの目の前にいる。あたしのことを正面から見据えてる。そんな風に射抜くように見なくたっていいのに。(怒ってるの? でも、まだ何も言ってない。) 心臓にずどん、と何かが刺さったような気がする。
 えっと、“クラピカ”のつづりは……いやいやいや、今は余計なことは考えずに目的だけを遂行するのよ、戸愚呂。
 ……あれ? おかしいな。心臓が痛くなってきた。どきどき、ばくばく。壊れそうなくらい荒れ狂って動いてる。
 えーと、そうじゃない。いつも通り。普通に、普通に。
 フツウに…………

「クラピカってさ、知識ばっかり無駄に蓄えて頭が重くなってるからピコにもろくに乗れないんじゃない?」
「はぁ? なんだと? わざわざそんなこと言いにきたのか?」

 あっ……あー! 違う、間違えた! なにを言ってるんだ、あたしの口は。時間は巻き戻せないのに! 手遅れになる前になんとかしないと!
 どうしよう、どうしよう、と焦る間もなく、クラピカは眉間にシワを寄せあたしを睨みつけているではないか!

「じゃー、お前は頭空っぽの考えなしで生きてるからさぞかし頭が軽いんだろうな! ピコだってお前に乗られてる事にも気付いてないだろーよ!」

 ……売り言葉に買い言葉とはよく言ったものだ。
 確かに吹っかけたあたしが悪い。その事実は認めざるを得ない。今ならまだ間に合う。そう、心を穏やかにしよう。そうしたらきっと解決できるはずだ。……でも。でもでも、あたしがこーんなにも悩んでるのに、平気でそんなこと言うなんて信じられない!ムカつく!単純に頭きた!

「はぁー!? なにそれ! あたしの頭が悪いって言いたいわけ!?」
「事実だろ! バカなんだから!」
「うっわ、ムカつく! せっかく親切にもピコの乗り方教えてあげようと思ったのに!」
「お前なんかから死んでも教わりたくねーよ!」
「あー! そーですか! じゃーもう知らないもんねー! 一生そうやって乗れないままでいればいいんだ!」
「ウルサイ! 絶対に見返してやる!」

 あたしたちがぎゃいのぎゃいのと騒いでる横で、事のあらましを目撃していたらしいパイロは深い溜め息を吐いている。
 あぁ、もう。最低、最悪だ。またパイロに泣きつきたいけど、今度こそ愛想尽かされちゃったかな。でもお願いだからまた相談に乗ってね。
 でないと、あたしの心臓はきっと真っ二つになっちゃうもの!

― 子供じみた逆襲 ―

170928