※ありがちなイジメ描写?があります




 パシッ! と乾いた音が辺りに響いた後、あたしの右頬には鋭い痛みが走った。あー、この人左利きなのね。と冷静になったのは一瞬のことで、頭の奥では決定的な何かがブチッと千切れる音がした。

「テメー何しやがんだ痛ってェな! ヒトが下手にでりゃあ偉そうにしやがって、ふっざけんじゃねえぞこのクソ女!」

 あたしを取り巻いていた上級生A・B・Cは、見事あたしの回し蹴りの餌食となり、その巻き髪を派手に散らせた。全員ドミノ倒しの要領で綺麗にぶっ倒れていったので、もしも目撃者がいたら10.0点の札を高々と掲げたことだろう。
 上級生女子共は薄汚い悲鳴を上げ、「何この子、信じらんない!」とぎゃあぎゃあ騒ぎ立てたが、もはやあたしにとっては耳障りにしかならなかった。
 あたしは上級生B(コイツがあたしの可憐な顔に一発お見舞いしてくれたのだ)の髪を一房引っ張ると、制服のポケットから取り出したフォールディングナイフを当てがった。鈍色がちらりと光る。

「次同じことしたらテメーら全員その頭掻っ切って丸坊主にしてやっから、せいぜい覚えとけよ。」

 力を少し込めれば、ざくり、と髪がいくつかまばらに落ちた。この脅しはさすがに効いたようで、クソ女共は顔面蒼白となり尻尾を巻いて逃げて行った。
 何、この幕引き。これじゃああたしが悪者みたいじゃない。

 そもそも、何故このような事態に陥らねばならなかったのか?
 あたしは平穏をこよなく愛する、ただのメルヘン女子である。人を恨まず、人を憎まず、他者に大した関心を抱くこともなく、のほほんと生活してきた。それなのに、校舎裏で「ちょっくらサボるか。」と思い休憩を入れていたら、突然「上級生女子ABCが現れた! 戸愚呂は周りを取り囲まれてしまった!」とテロップが出んばかりに、あたしはこわいこわい上級生女子共に囲まれてしまったのだ。いや、どう考えても普通にイジメですよ? これ。
 そしてヤツらは口々に勝手なことを言い出したのだ。「アンタの生意気な態度が気にくわない。」「ブスのくせに気取るんじゃない。」「クロロ先輩に近付くなんてどういうつもり?」と。絡まれたのは恐らく大方後者の理由なのだろうが、何を言われようがあたしは根気強く我慢したのだ。歯向かわず、下手なことは何も言わぬよう口をつぐんで。こういう頭の悪い連中を真っ向から相手にするのは時間の無駄であるし、わざわざ火に油を注ぐ必要もあるまい。
 その上で、とうとう手まで出されてしまっては、あたしは足でお返しするしかなかったじゃないか。これは立派な正当防衛である。

 それにしても、アイツのせいで嫌なとばっちりを食らってしまったものだ。右頬がじんじんと痛む腹いせに、携帯で“アイツ”を呼び出した。

 ◇

 一体何処から入手したのか、その流通経路は一切不明であるが、屋上の鍵は何故かヤツの手中にあった。絶好のサボり場所に自由に出入り出来るので、あえてその理由は追求していないが。
 給水塔の下でもたれて待っていると、ヤツはふらりと現れた。

「お前、頬が腫れてるぞ。」

 クロロはあたしを見やると開口一番にそう指摘し、堪えきれないようにくつくつと笑い出した。あ? 誰のせいだと思ってんだよ、クソ野郎。

「ええ、おかげさまでね。とってもサイコーな時間を過ごさせてもらいましたよ。 」
「お前の協調性の無さは一級品だからな。」
「はぁ? そんなのクロロだって同じでしょ!」
「オレは戸愚呂と違って、場をわきまえるくらいの機転は利かせてるよ。」

 クロロは完全に面白がっている。自分の“彼女”がこんな目に遭ったというのに、「今度からはオレが守ってやる!」とか「誰にやられたんだ? オレがやり返してやる!」といった感情はわき起こってこないらしい。あー、はいはい。知ってたけどムカつく。

「はーぁ、こんな面倒事になるなら、クロロなんかと付き合うんじゃなかったなー。 他にかっこいい人でも探そうかしら。」

 今回ばかりは、心底そう思った。クロロの取り柄なんて容姿くらいしか思い浮かばないし、一刻でも早くあたしに優しくしてくれる素敵な殿方を見つけるべきだろう。(クロロってば、ウチの家族からの評判もすこぶるよろしくないし。ゼノじいちゃんには「好かんガキじゃ。」と一蹴されていたし、パパからの殺気のこもった視線はあたしでさえ軽く恐怖を覚えたほどだ。)

 しかし、

「それは許さない。」

 と、クロロはあたしを地面へ押し付けた。コンクリートの感触が痛い。そして熱い。
 まだ太陽が高く昇っている時間帯なので、上空から直接降ってくる日の光が眩しかったが、彼が追い打ちをかけるように覆いかぶさってきたので上手いこと日除けになった。

「ねぇ、ここ学校なんだけど。」
「どうせ戸愚呂は、授業なんてろくに受ける気もないだろう?」
「そうだけど、あたしにも一応世間体というものがありますから。」

 あたしはクロロの首に腕を回すと、その一見華奢に見える身体を引き寄せた。台詞と行動が矛盾しているようだけど、クロロの顔は間近で見てもやっぱり素敵だった。
 そのまま唇を触れ合わせると、たちまち全てがどうでも良くなってくる。ここは、この時間だけは、あたしたちのものだ。
 心蕩かせる愛の言葉も、刺激に満ちた甘ったるいロマンスもいらない。あたしには、クロロがいればそれだけで良い。

 ……でもね、クロロさん? いきなりパンツから下ろし始めるのは、さすがにどうなの?
群青より、“ 国のまほろば ”
171109