そう、パリストンとは昔から因縁があったのだ。
知り合ったのは何年も昔のハンター試験である。何を隠そうパリストンと私は同期なのだ。私たちは同じ土俵からスタートした、はずだった。
……だったのに、ヤツはいつのまにか“十二支ん”入りし、いつのまにか“副会長”の座にまで上りつめていた。
対する私はというと、同じようにハンター協会のために尽力してきたつもりなのに、未だに細々とした雑務・雑用しか任せられていない。言わば体のいい“使いっ走り”役だ。
どこで、どうして、どうやったらこんなに差が付いたのか。
それにしたって、おかしい。明らかに私より無能なヤツらがどんどん成り上がっていくのに、私ばかりが置いてけぼりを食らっているのは納得できない。どう考えても“不自然”な圧力が働いて、不当な評価を受けているとしか思えないのだ。
きっとこれも全部パリストンのせいだ。パリストンがことごとく私の邪魔をしてくるせいだ。THE・疫病神だ。アイツなんかと出会わなければ、私は今頃キャリアウーマン街道をまっしぐらだったろうに。
派手な柄物スーツを着こなし(容姿が優れているという自信と自覚があるからに違いない)、人をおちょくるのを生き甲斐とし(そのおちょくり方が最低最悪!)、実にいやらしい笑い方をする(虫唾が走るわ!)。
私がいかにパリストンに恨みつらみを抱いているか、皆さんには大方お分かり頂けただろう。けれど、“分からなかった”という視聴者のために、特別サービスとしてこれまであったパリストンとのいざこざを回想するとしようか。
―― まず思い出すのは、私がごくごく真面目に仕事をこなしている場面である。望んだわけでもないのに、パリストンはふらっと私の元にやって来た。
「あぁ、戸愚呂さん。泥臭い中、就労ご苦労様です。
……それにしても戸愚呂さんには“ゴミ処理”がよくお似合いですね」
「あ! てめェ、今薄ら笑い浮かべただろコラ! つうか、誰のせいで“ゴミ処理”してると思ってんのよ! 全部! あんたが! 無茶な議案を押し通すから! そのせいでこうして無駄な“ゴミ”が出たんでしょう!
高みの見物決め込んでるあんたは知らないでしょうけどね、下っ端の私たちにこうやってしわ寄せが来るんだから!」
「そうでしたか、それは失礼しました。ですが、協会をより良くするためにはどうしても必要なことだったんですよ。どうかご容赦下さい」
「そんなこと欠片も思ってないくせにどの口が言うか! 本当にあんたって腹が立つ!
絶対ね、いつかあんたに“ギャフン”と言わせてみせるから!」
「ギャフン。これで満足ですか?」
「あー、あー! 言うと思ったよ!」
そう、パリストンは人の心の柔い部分を突いてくる、揚げ足取りの天才なのだ。
―― それに、こんなこともあった。
次の会議のため多量の書類をせっせと運んでいたとき、唐突に死角から足が伸びてきてすっ転ばされた。書類は面白いくらい辺り一面に散らばった。通行人は私に同情することもなく「また戸愚呂がドジやってるよ」とくすくす笑うばかりである。
―― 私のせいじゃないのに……! そもそも足を引っ掛けたほうが悪いに決まってるのに……! と思ったが、私の声はむなしく胸中でこだまするだけだ。
これが“誰”の仕業なのか、いちいち確認するのもバカらしかった。
「あ、戸愚呂さんいらっしゃったんですか。よく見えていなかったもので、すみません」
パリストンはいかにも面白いものを見た、といった風にせせら笑いを浮かべた。
―― この野郎、よくも抜け抜けと……!
仮にも副会長に任命されたような人間が、私の気配に気付かないはずがないじゃないか。
この時の、下からパリストンを見上げる間抜けな私。(なにせ書類をまき散らしている)
上から愉悦にまみれた表情で私を見下ろすパリストン。(さらに苛立つことに偉そうに腕組みまでしている)
かつて、この構図以上に屈辱的な状況があっただろうか。いや、ない。
思い出しただけでも、未だに沸々と怒りがこみ上げてくるぐらいだ。
「あんたなんて大っ嫌い!」
「そうですか、ボクは戸愚呂さんのこと大好きですよ」
「うるせえ、黙れ! っていうかこれ全部あんたの責任なんだから、書類拾うの手伝いなさいよ!」
「いや〜、手伝いたいのは山々なんですけどねえ。ボクは戸愚呂さんと違って多忙を極めているので、これにて失礼します」
「ちょ、私だって次の会議差し迫ってるってのに……!」
と、これはほんの一例に過ぎないのであるが、復讐を誓うには充分過ぎる動機付けだとは思わないでしょうか。
―― いつかパリストンの鼻を明かして、盛大な仕返しをしてやる!
その一心だけで密かに修行を積み、私はとある能力を身に着けることに成功した。
掴み所のないパリストン。裏でどんな悪どいことをやっているのかは知らないが、ヤツはいつか大きなしっぺ返しを食らうことになるだろう。その“手助け”を私が担ってやる。
―― 因果応報、同情の余地なし。
悔しかったら、地獄の底でその膨大な罪を贖ってきなさい。
◆
「それで、ご用件は何でしょうか?」
ここは協会内部にある資料室である。
「ツラ貸しな」とパリストンを呼びつけたら(田舎のヤンキーの手法だ)、ヤツはのこのことやって来た。バカなヤツめ、私の術中にのうのうとハマるとはな。
パリストンに気付かれないようこそっと部屋に鍵をかける。この部屋は外からも中からもカードキーを使用しないと開けることができない構造となっている。そして、滅多に人がやって来ない。
推理小説でよく見る、容易く逃げられないような密室の出来上がりだ。パリストンを痛めつけるには絶好の状況。
“袋の鼠”。十二支んで“子”を冠しているパリストンにぴったりの言葉じゃないか。余裕綽々顔していられるのも今のうちだぞ。
さて、今から奇襲作戦を決行しよう。聡いパリストンにバレたら厄介なので、長期戦より短期決戦を臨む心意気である。
―― ガリッ!
舌を思い切り噛むと、じんわりと口腔内に鉄の味が広がった。
そしてパリストンの襟首をむんずと引っ張ると、無理やり口付ける。
パリストンは成されるがまま微動だにしない。抵抗もしない。
よし、奇襲成功だ。ヤツは予想外のことに直面して頭が回らないのだろう。
パリストンから一歩離れると、ヤツは普段では見慣れない無表情だった。やはり思った通りだ。既にヤツは笑う余裕すら失っているというわけだ。
パリストンの唇に私の血液が付着していることを確認する。
条件は整った。あとはキーワードを吐き出すだけで“念”が発動する。
―― “
愛の駆け引きを”。
これが私の念能力だ。
「パリストン。私のこと、好き?」
「どうしたんですか、改めて」
オーケー。返事はなんでもいい。これで最低数分は私に対して「嘘」はつけなくなる。
そして、これこそが私の真の狙いである。
今のうちにパリストンの本音やそこに付随する弱味を握ってやるのだ。
金庫の解除方法、クレジットカード番号、私用パソコンのパスワード、自宅の暗証番号、協会内部の協力者の名前、人生で一番恥ずかしかったこと、初恋の行方、性感帯、ぶっちゃけどこが弱点なのか、すべて惜しみなく曝け出してもらうわよ。それであんたの所有する金銀財宝、地位、名誉、奪えるだけありったけ奪ってやる。
そうして成すすべもなく私にひれ伏すがいいさ!
ちら、と腕時計の針の位置を確認する。
この能力の欠点は、いつまで能力が有効なのか線引きが利かない点だ。だが、それこそが駆け引きの醍醐味というもの。
「……なるほど。まず先ほどの質問にお答えしますが、ボクの気持ちは以前からお伝えしている通りです。
戸愚呂さんのこと、“大好き”だと言ったでしょう」
「…………は?」
「あれ、聞こえませんでしたか? ですから、戸愚呂さんのことがだいす」
「あー、あー、あー! もう良い! 良いから!」
あれ、なんで、おかしい、こんなはずじゃ。
確かにパリストンは私を「大好き」だと言った。突発性難聴でも患っていない限り、私の聴覚は正常のはずだ。
腕時計を見直すが、1分も経過していない。能力が解除されるには、いくらなんでも早すぎる。
―― もしかして、失敗した? 手順を誤った? いや、そんなばかな。
さあっと、身体中の血の気が引いていった。わざわざこの身を“代償”に能力を発動させたというのに、ヘマをするなんて笑えない。
そんな私とは裏腹に、パリストンにはいつもの笑みが戻っていた。
「今戸愚呂さんがボクに使ったのは、恐らく操作系の能力ですね?
血液の付着したキス、脈絡のない問いかけ。この二つが能力の発動条件なんでしょう。そして時計をしきりに気にしているのは、その能力に制限時間があるから。
詳細は分かりませんが、戸愚呂さんの様子から推察するに“能力が上手く発動しない”と狼狽しているんでしょう。
ただ、想像だけはいくらでもできます。ボクを直接操作するわけではない。……ならば、操作されるのは“言動”などではないでしょうか?
例えば、戸愚呂さんに対して嘘をつくな、とか。もしそうであれば、嘘をつかなければせっかくの能力も意味を成さないということです」
「なっ……何で」
「おや、図星でしたか」
この短時間の情報だけで全てを読み取ってしまうだなんて、いよいよコイツの頭の構造はおかしいとしか言いようがない。
さらに動揺した私とは対称的に、ふふ、とパリストンは笑いを堪えきれないようだ。
「でも、ボクは嬉しくて堪らないんですよ。まさか戸愚呂さんからあんな熱烈なキスをしてくれるなんて思ってもみなかったので」
「そ、それは……能力の発動で仕方なく……!」
「それでも、“ボク”にキスすることは厭わないんでしょう? 戸愚呂さんの生真面目な性格から言って、あなたは “目的のために手段を選ばない”といったタイプではない。そんな戸愚呂さんが、“ただ憎いと思っているだけの男”にキスをするはずがありませんからね。
つまり、あなたはボクのことを」
「ああ、うるさいうるさい! つうか、キスって連呼すんな!」
「それに、これは親切心から言いますけど、能力を使うにしても“もっと違和感のないシチュエーション”を用意しないと怪しんでくれと言っているようなもんですよ。もっとも、そういった駆け引きができないところが戸愚呂さんの可愛らしいところなんですけど」
「なっ、なっ。何バカなこと言って……! 微塵も思ってないくせに、人を小馬鹿にするのがそんなにも楽しいわけ!?」
「とんでもない。ただの本心ですよ。
そんなこと、能力を使った戸愚呂さんが一番分かっているでしょう?」
「あんたって、本当に歪んでるわね……」
「どこがですか? 至って正直なつもりですが」
にこにこと、笑みを浮かべたパリストンがにじり寄って来る。
「ところで戸愚呂さん、舌を怪我しているでしょう。無理に噛んだりするから。
まずはその消毒をしないと」
「はぁ!? 消毒って、な、なにする気よ……?」
「ご存知ないですか? 古の頃から“傷口は舐めておけば治る”、という風習があることを」
舐めておけば、って。そんな俗説信じる気もさらさらないくせして。
―― けれど、まさか。嫌な予感しかしない。
とりあえず、逃げよう。逃げるしかない。今はまだ、到底勝ち目がないのだから。
パリストンに背後を許さぬよう、じりじりと後退る。まずは入り口の近くに移動して、カードキーを取り出して……。
しかし、ここでパリストンが得意気に取り出したのは既視感のある“ブツ”だった。
「お探しのものはコレですか?」
「……あっ!」
―― “この部屋のカードキー”!
すぐさまポケットを探るも、やはりない。どうやら、いつのまにかヤツに抜き取られていたようだ。いや、パリストンに近付いたのは始めにキスをしたときだけだ。だとしたら、抜き取るチャンスはあの瞬間しかなかった。
つまり、最初からパリストンにはこの計画がお見通しだった、というわけなのか。
密室を逆手に取られ、追い詰められていたのは……私のほう?
「……パリストン? あの、今日のところはよく話し合わない?」
一歩、一歩と着実にパリストンに追い詰められ、否応なしに彼との距離が近付く。背後でひんやりとした壁の冷たさを感じる。もう逃げ場がない。
「これでも、ボクもハンターの端くれですから。
獲物が自ら懐に飛び込んできたのを、みすみす見逃すわけにはいきませんので」
そして、パリストンの手によって完全に身体を壁に押し付けられた。
「今まで手加減してきましたが、今後は一切容赦するつもりはないので覚悟しておいて下さいね」
彼は私の耳のそばに唇を寄せ、囁いてきた。
「あ、それともう一つ。
この能力、これからはボク以外の人間には使わないで下さいね」
―― 嫉妬で気が狂いそうになりますから。
何よ、嫉妬って。何なのよ、急に真顔になるなんてずるいじゃない。そうあれこれ考えを巡らせたところで、もう後の祭りだ。
窮鼠は、誰よりも私だった。
……あぁ。私って、もしかして取り返しのつかないことをしちゃった?
窮鼠、猫を噛む?
( Marker Maker 様へ提出 )
(念idea: 逢沢 様 )
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