認めたくはなかったけれど、本当は初めて会った時からその唇にかぶりつきたかった。
ホテルの一室にたどり着くと、どちらともなく唇を寄り合わせた。舌を、歯列を、口蓋の裏までもねっとりと舐めあげられて、瞬く間に息が詰まりそうになる。それでいて、歯痒い距離を埋めたくなって彼の首筋に腕を回すと、柔らかなベッドに沈められた。シルク製の滑らかなシーツが肌に吸いつくようで心地いい。
ドレスの裾から彼の手が侵入して、這いずるように太腿を撫でられると皮膚の裏側が熱く反応した。お互いくだらない衣服を脱ぎ捨ててベットの下に投げ落とすと、いよいよ逃げ道はなくなってしまう。
ガラスみたいに心臓が粉々に砕けそうだ。
「確かにね、ぜーんぶクロロのご指摘通りよ。 あたしの負けよ、負け。」
熱気を逃さないようにシーツにくるまり、クロロの胸に寄り添った。もう取り立てて隠すものもないわけだし、取りあえずここは潔く、高らかに敗北宣言でもしておきましょうか。
「運命の王子様なんて、本当はどうだって良かったの。」
がらんどうなのよ、あたし。自慢じゃないけど家族の中でもピカイチ才能がないの。だから誰に期待されるでもないし、生死ですら何の影響も及ばさない。だからと言って、安直な死を選ぼうとか、軽率な事は考えたりはしないわよ。何ていったって家族を愛してるし、それなりに人生を謳歌してみたいもの。
「でもね、子供の頃、手にナイフを突きつけられたとき、死ぬほど嬉しかったの。」
まさに天にも昇るような心地、ってやつ? 普段見向きもされてなかったはずなのに、たった一瞬でもあたしに関心を注いでくれたことが凄く衝撃的で。すごく惨めで幸せな気持ちに浸れた。
でも、さすがにそこに傾倒するのは幼いながらにマズいって考えたわけ。これ以上中身のない空っぽな人間になったら、救いようもないでしょう?
だから頭のイカれた物語に執着するフリをして、逃避したの。そこで、もっともらしい理由を探してみたかった。
そこまで淡々と話すと、聞いているのかいないのか、クロロはぼんやりと遠くを見つめ出した。せっかく恥をしのんで告白したというのに、これじゃあ言い損じゃないか。
しかしどういうわけだか、するりと熱を孕んだ手があたしの左手に触れた。
「治せよ、この傷跡。」
「それは無理な相談ね。これはね、一生消えることはないんだから。」
「誤魔化すな。治す気がない、の間違いだろ。金さえ積めばこんな痕は容易く消せるはずだ。」
「…………。」
図星だろう? クロロはすっかりあたしを見透かしている。
あたしは慌ててあれこれガラクタの詰まった頭の中を巡らせる。しかし、良策はまるで浮かんでこなかった。
「あ、危ない男避けになるし……。」
ようやくひねり出した答えがそれだったが、裸の男が隣にいる時点で全く説得力がない台詞である。(しかも彼は手段も選ばない極悪非道な盗賊で、小汚くあたしを罠にかけたのだ。)
「“呪縛”から逃れたいんだろう? お前の言動は全くもって矛盾しているな。」
「……ねぇ、それって命令? それとも懇願? 懇願なら、少しは考えてあげても良いんだけど。」
「…………。」
往生際の悪いあたしに対しクロロは呆れたように黙りこくったが、彼の黒目がちな瞳は暗々と訴えかけてくる。
……あぁ、涙が出そうだ。彼の優位は揺るがない。こうなったらヤケクソにでもなるしかない。
「はいはい! 分かった、分かりました! やりゃあ良いんでしょ! 治せば! で、次は何だって? ストリップでもしろって? はい残念、もう脱ぐものがありませ〜ん。」
渾身の体を張ったギャグでおどけて見せたが、すっかり白けた眼差しを向けられた。うわ、こいつジョークも通じないのかよ。つっまんねえヤツ。話のテンションが噛み合わなくてクラスが一緒でも会話したくないタイプのいけ好かない野郎だわ。スカしやがって、ゴミ拾いでもしとけやボケ。地球を気づかって分別も忘れんなよ。
「はぁぁ、正直言ってクロロの見た目はパーフェクトよ。ほんっとうに残念なくらい。
あとは口を利かないでいてくれれば文句無しなんだけど。」
「同感だな。」
静かにクロロは暗い瞳を伏せる。
「だが、完璧ほど詰まらないものはない。」 おまけにそう付け加えて。
あぁ、そう。我儘な人ね。あたしより自己中な人間って初めて見たわ。呆れて物も言えなくなっちゃう。
でも、彼の伏せられた睫毛の先がくるんと巻いてて可愛らしい。髪をくしゃくしゃに撫で回してやりたくなる。こんなことって、初めてよ。
「ね、盗賊さん。 あたしのことはいつ解放してくれるわけ? あたしだっていつまでも囚われのお姫様でいるわけにはいかないんだけど。」
「さぁ、オレの気分次第だな。」
それじゃあ、困る。完全に人権侵害だ。あたしだって、小さな脳みそを必死こいて動かしながら生きているんだから。
それに、別の問題だって生じてくるもの。
「あたしね、クロロが26歳になったら殺したくなるかも。」
「ほう、理由は?」
「知らないけど、そういう性癖みたい。」
「なるほどな。 」
愛しい人。クロロの薬指を取って口付けを一つ落とす。愛の言葉は囁きたくないし、首ったけにもなりたくはないけれど。
「でもね安心して。左の薬指には、きっとシロツメクサの指輪を嵌めてあげるから。」
「……それは楽しみだな。」
彼は目を細めると再びあたしに覆い被さってきて、唇に、頬に、首筋に、熱いキスを落とした。哀れな思考が灼けついておかしくなりそうだ。このまま微生物のように何も考えずにシーツの海へと溺れてしまおうか。(疑問だけど微生物でも恋愛ってするのかしら。だとしたら失礼だったわね。この発言は訂正するわ。)
……あぁ、彼が本当の王子様だったら最高だったのに。そうしたら、まだあたしは愚かな夢に溺れていられただろう。しかし、それは叶わぬ妄執となってしまった。
どうやらあたしは、運命という野蛮な輩に目覚めのキスを落とされてしまったらしいので。
いつか王子様が
end
170603