―― 「オレが3人分になる」

 あたしが数年前からG・I(グリードアイランド)をプレイし始めたのに、そもそも大した理由はなかった。ただ、現実世界でつまらない日常を繰り返すのに飽いていただけだ。
 G・Iとは、“実際に死ぬかもしれない”という謳い文句が売りのスリリングなゲームの名称である。聞くところによると、未だエンディングまで到達した人間はいないらしい。前人未踏の偉業を達成したくなってしまうのは、世のハンターの理として当然のことと言えるだろう。それでも、あたしにはまるで関係のないことだけれど。

 あたしはこれまでそこそこ使える念能力者として名を馳せており、そこそこついでにたまたまG・Iをプレイする機会があり、何の目的もなくこの世界に入り込んだ。皆それぞれ“大なり小なり生命を懸けて”このゲームに挑んでいるらしく、あたしのようにやる気のないプレイヤーはまず居ないのだそうだ。たかがゲーム、されどゲーム、というわけか。(何だか知らないけど、ちょっとそれっぽいことを言ってみた。)
 あたし、呪文カードとかレアカードとかって言われたってよく分からない。覚える気もさらさらないし。そもそも、あたしってコレクター向きの人間じゃあない。お金儲けしたいわけでも、栄華を極めたいわけでもない。それでもG・Iで生きている限り、変な怪物が出たり変なイベントが発生したりとそれなりに飽きることはないため、現実世界にいるよりかはよっぽどマシだけど。
 あたしはただ、退屈な日々を持て余したくなかっただけなの。

 ―― そんなわけで、当初はただの興味本位だった。

 “ソウフラビ”の陰惨とした雰囲気が好きで、あたしはこの街にたびたび訪れる。他人の不幸自慢ほど聞いていて愉快なものはないのだ。(まるで対称的な恋愛都市アイアイでは全ての攻略対象と知り合って大恋愛を3度繰り返した末に、糸が切れたように急に気持ちが醒めてしまった。残念ながら、あたしは飽き性でもあるのだ。)
 この日、老若男女揃った謎の集団(立ち振る舞いからしてそれなりの使い手だと予想できる)が「スポーツ王決定戦」をおっ始めようとしていたので、灯台の内部に忍び込んで小窓から中を覗いてやった。あたしは“安全な場所”から他人を傍観するのが趣味でもあるのだ。どうやらドッジボールというお遊戯をするらしい。(ボールを投げ合ってエリア内に残った人間の数を競うゲームなのだと。何が楽しいのかあたしにはちっとも理解できなかったけど、あくせくと動き回る人間達を観察するのはそれなりに面白かった。)

 ―― そこで、あたしは“星”と巡り合ってしまった。

「オレが3人分になる」

 この時の、突如稲妻が閃いたかのような、不意打ちでダンプカーに突っ込まれたかのような、天変地異が起こったかのような、激しく全身を貫いていった衝撃といったら ―― !
 そう、正にあの瞬間から、あたしの瞳は“彼”に釘付けとなっていたのだ。

 か……かっこいい! 素敵! なんて力強くて、自信に満ち溢れた言葉なのかしら……! っていうかね、彼を構成する全てが好みドストライクなのよ!
 ゴリ顔、むさい身体つき、濃ゆい体毛、不可解な前髪の揃い具合(あの髪型、床屋さんでどう頼んだらあの仕上がりになるのかしら)、驚いたときの眉毛の下がり方(表情に出やすい人って隙だらけですっごくキュートだわ)、どことなく感じる知性・品の良さ(きっと育ちが良いのね)、腕力に自信を持っているであろう惜しみなく腕を出したノースリーブデザインの服装(しかもこれ以上ないっていうくらい似合っている)、敵に借りは返したいという負けん気の強さ(そういうちょっと子供っぽいところが庇護欲をそそられるのよね)、ゴリラを模したと思われる2頭の念獣(しかも2頭ともそれぞれ特徴があって、とってもチャーミング!)。そいで、これは一種の偏見かもしれないけど、あんなにゴツイ顔して左利きってのが意外性があってますます素敵だわ。
 あっ! でも結局返り討ちに合って顔面にボールをクリーンヒットされてる! でもでも、ああやって伸びている姿も可愛い。あー、あの痛そうに顔が腫れあがっているところをこれでもかってくらい突っついてやりたいわ!
 もうもうもう、あなたの全てがパーフェクトよ! ぜったいに“あなた”をあたしの物にしてやるんだから!

 ◇

 先人の知恵はこういったときに役に立つ。“思い立ったが吉日”、なのである。
 彼が一人になるタイミングを見計らって「あなたが好きよ!」と急襲すると、「何なんだお前、ゲンスルー達の仲間か!?」と警戒されてしまった。大胆な容姿の割に、中身は慎重派のようだ。
 ―― いやぁね、あたしに仲間なんていないわよ。孤高の一匹狼だもの。
 そもそも、ゲンスルーって誰なのよ。え、巷を騒がせてる「爆弾魔」? 爆弾遊びがしたいんだったらボンバーマンでもやってりゃあ良いのにね。あたしのファミコンのソフト貸してやるわよ。え、奴等はそんな生易しいもんじゃないって? ふーん。でもね、優しかろうが厳しかろうが、めちゃめちゃ苦しい壁だってふいに何故かぶち壊す勇気とパワーが湧いてくるもんよ。

「お前、グリードアイランドをプレイしてどのくらい経つんだ?」
「えーと、何だかんだで3年くらいかなぁ……」
「その間、一度も“爆弾魔”というワードを耳にしたことがないのか?」
「うん、ちっとも。……いや、待てよ。もしかしたらチラッと聞いたことぐらいはあったかもしれない。でもあたしって、自分にとって実にもならないことは頭にインプットしないタイプだから、すぐ忘れちゃうんだよねえ」
「…………」

 ゴレイヌさんはあたしを信用していいのか、血も涙もなく突っぱねれば良いのか迷っている様子だった。まぁ、そりゃあ当然だろう。あたしだって逆の立場だったら問答無用で相手を嬲り殺していただろうし。でも、あたしはあくまで本気なんだってことを真摯に伝えたくて「食べちゃいたいくらい、あなたのことが好きになっちゃったの。めいっぱい愛させて!」と渾身の微笑みを浮かべたら、彼はたちまち顔をひきつらせた。
 何なのよ、その表情! あまりの可愛さに、きゅぅうんと胸がときめいたわ。

 ゴレイヌさんは観念したのか、がっくりとうなだれると、茂みに隠れて“とある3人組”の影を指さした。

「万が一お前に何かあったら寝覚めが悪いからな。一応警告しておくが、アレが“爆弾魔”ゲンスルーだ」
「へぇ……」

 あたしはゴレイヌさんの精悍な横顔に夢中になってしまって、ゲンスルー達の姿なんてちっとも視界に入らなかった。ゴレイヌさんは親切にも、爆弾魔がどれほど卑劣で狡猾で残虐性の高い危険人物なのかこんこんと説明してくれた。見ず知らずの人間であるあたしにも、とってもやさしいゴレイヌさん。お人好しね。好き……。そんなあなたが好きよ……。
 説明してくれた内容のほとんどは頭から通り抜けてったけどネ。

 ◇

 森林地帯でゴレイヌさんと時を共有してから数日が経過した。彼の動静を要約すると、概ねこんな感じだ。

 @ ツェズゲラとかいう訳のわからんおっさんに協力している
 A これまたゲンスルーとかいう訳のわからん野郎共を偵察している(かの爆弾魔らしい)
 B 呪文カード集め

 あたしは単純にゴレイヌさんといちゃいちゃして甘酸っぱいメモリーを構築したかっただけなのに、当のゴレイヌさんは忙しくてそれどころではないらしい。もう、焦れったいわね。
 いっそあたしとゴレイヌさんの仲を邪魔する輩は全員ぶっ殺してやろうかと思ったけど、ゴレイヌさんはそういう“卑怯者”は好きじゃなさそうだったので、渋々我慢することにした。
 あー、今だったら世界を支配したいっていう大魔王の気持ちも少しは分かるかも。そりゃあ、世界が全部自分の思い通りに動いたら気分良いわよねぇ……。容赦なくひかりのたまぶつけちゃってごめんね。(もしもあたしが大魔王だったらバナナ園とゴリラ専用動物園、ゴリラカフェなんかを経営するのに。)

 ―― しかし、ほどなくして事態は一変したようだ。

「奴等、なんてことを考えやがる。こちらのカード供給源を断つつもりだ……!」
「え? 何かよく分かんないけど、困ってるんだったらあたしが呪文カード買ってこようか? あたし、あの人達に面割れてないし」
「いや、それもまずい。アイツら、姑息にもカードを買いに来た人間を手当たり次第攻撃している。お前も攻撃対象になりかねないぞ」
「大丈夫だって、あたしって、これでそこそこ強いし。いざとなったら全力で逃げるから」
「……いや、ダメだ。オレ達の問題に、関係のない人間を巻き込むわけにはいかない」
「ゴレイヌさん……もしかして、あたしのこと心配してくれてるの?」
「……まあ、そりゃな」
「嬉しい! ゴレイヌさん大好き!」

 歓喜のあまり彼にがばりと抱き着くと、苦虫を噛み潰したような表情をされた。もう、照れ屋さんなんだから!

「ところでゴレイヌさん、そろそろ偵察にも飽きてきた頃でしょう? あたし、あなたを“楽園”に案内しようかと思うのよ」
「……楽園? お前がそんなことを言い出すと何だか胡散臭いな」
「まあまあ、見ててよ」

 あたしは太い幹の横に小振りなツリーハウスを素早く具現化すると、扉に手を当てた。

「“ただいま”」

 これで、 “私の帰る場所(ホーム・スイート・ホーム)”が発動する。

「ようこそ、我が安全地帯へ。
 ゴレイヌさん、“おかえり”なさい」
「…………?」

 あたしに促されるまま、ゴレイヌさんは恐る恐るツリーハウスに足を踏み入れた。

「戸愚呂、ここは……?」
「言った通りよ。“術者の安全が保障された居心地のいい家を構築する”。あたしの念能力よ。
 このテリトリー内にいる間は、どんな攻撃も100%無効化できるの。なおかつ、快適に過ごすことができるってわけ。偵察にも向いた使い勝手の良い能力でしょ?」
「……お前な、こんな便利な能力持ってるなら何でもっと早く使わなかったんだよ」
「いやあ。ゴレイヌさんに全神経が集中してたもんだから、すっかり失念してて」

 ゴレイヌさんはぷんすか怒ったけど、あたしはすっかり別のことに気を取られていた。
 だって、だって。我ながら素晴らしい能力を持ったな、って自画自賛したくなったのよ。何気なく、さらっと出てきたセリフが「ゴレイヌさん、“おかえり”なさい」よ……?
 おかえりなさい、おかえりなさいって……! きゃー! まるでゴレイヌさんと結婚して所帯を持ったみたいじゃない?

 ―― 想像できる。いくらでも想像できるわ!
 あたしたちは、潮風の吹く海辺に家を構えているの。美しいコバルトブルーの海を一望できる、淡いレモンイエローのおうち。砂浜に寝そべってヤドカリに意地悪をしたり、ゴレイヌさんの念獣とフリスビーをして遊んだり。フローリングの隙間とか洗濯物に細かい砂がぎっしり入り込んだりしてお掃除が大変だろうけど、それも幸せの形の一つの要素になるわね。
 潮騒の音とウミネコがにゃあにゃあ鳴く声を聴きながら、一緒に夕日が沈むのを眺めて、朝日が昇るのをじっくりと待つの。
 そうやって、たおやかな日々を過ごすのよ。
 「ゴレイヌさんは何人ぐらい子供が欲しい? あたしは男の子と女の子、一人ずつは欲しいな〜」なんて何気なく言ったら「この状況で何言ってんだお前、頭イカレてんのか?」と一蹴されてしまった。
 うんうん、そうやってストイックで簡単に釣れないところもゴレイヌさんの素敵ポイントの一つよね。
 でもね、ゴレイヌさんがあたしのテリトリー内にいる。今は二人きり。
 それだけで、あたしとっても幸せよ。

 ◇

 あたしが“私の帰る場所(ホーム・スイート・ホーム)”で結婚情報誌なんかを読んでゆったりと過ごしている間に、どうやら“決着”はついたようだった。
 大まかな説明は割愛するが、爆弾魔共には無事に天誅が下されたらしい。その背景にはお子様3人組の活躍があったんだってさ。なーんだ、子供にやられるくらいじゃ、やっぱり爆弾魔なんて大したことなかったのね。
 ……ま、あたしのゴレイヌさんが傷付かなかっただけ良しとするか。

 ついでに“とんがり坊や”がエンディングに到達したようで、その日は贅を尽くした大パレード・大宴会が催された。(あたしもゴレイヌさんの後にくっついていって、愛らしくはしゃぐゴレイヌさんの姿を5000枚くらい盗撮しておいた。)

「パレード、すっごく楽しかったね! 久しぶりにご馳走にありつけたし、最高だった!」
「あぁ、そうだな」

 もうこの頃になると、あたしはゴレイヌさんとの半生を100通りくらいは妄想し尽くしていた。(あたしがゴレイヌさんを看取るパターンが64通り、あたしが看取られるパターンが30通り、あとの6通りは心中だ。)
 あたしの人生は、もはやゴレイヌさん抜きでは成立しないだろう。

「ねぇ、ゴレイヌさんもこれを機に現実世界に戻るの?」
「あぁ、もうここに留まってる理由もないしな」
「そしたら、あたしも一緒に戻る!」
「お前、まさかオレに付いて来る気じゃないだろうな……?」
「え? あたりきしゃりき、ついてくに決まってるじゃん。昔から旅は道連れっていうでしょ?」
「……そろそろ勘弁してくれないか」
「えへへ、そんな気は毛頭ありません!」
「…………」

 ゴレイヌさんはげんなりと嫌そうな顔をしたけど、あたしはこんなことではめげませんよ。嫌よ嫌よも好きのうち、って言うしね。
 だって、こんな個性に溢れたような人、絶対に飽きようがないんだもの。一生逃がしてなんてあげないわよ。それで、一生をかけてあたしのことを好きにさせてやるんだから!

「きっと、現実世界であたし達の輝かしい未来が待ってるに違いないわよ!」

 ほら、今にもバラ色の階段が目の前に見えてくるようでしょう? でもね、あたし、現実世界に戻る前に一つだけしたいことがあるのよ。

 ソウフラビの星空の見える灯台で、ロマンティックな夜を過ごしてみたいの。
 ……あなたと、二人で。

 ―― なんてね。

星空の見える灯台で
Marker Maker 様へ提出 )
(念idea:トオイ様 )

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