“クロロ”は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の“戸愚呂”を除かなければならぬと決意した。と、当のクロロが考えたかどうかは定かではないが、クロロによってメロスの如き全力疾走を強いられている今、そのようなモノローグがあたしの頭の中を通り過ぎていったとてそうおかしいことではないだろう。

「戸愚呂、待て……!」
「そんな形相で“待て”って言われて“ハイ、待ちます!”って素直に応じるマヌケがいるわけねえだろ、ボケ!」

 あたしはクロロから逃走するため、カモシカのようにアジト内を駆け抜けた。見よ! このしなやかな身のこなしを! と猛烈な自己アピールをしたいところであったが、悲しいかなあたしのことを気に留める者は誰ひとりとしていなかった。なにそれ世知辛い世の中。
 “このような”日常茶飯事の光景に飽き飽きしている流星街時代からの仲間たちは、基本的にみな知らんぷりを決め込んでいる。能天気に「ダウト」とかしていやがる。
 いや、あのさ〜、「七並べ」とか「神経衰弱」とかある程度集中力が試されるゲームだったらまぁ仕方ないかなって大目に見てやる気持ちにならんでもないんだけど、ダウトって……「ダウト」ってさぁ! 適当に「はい、ダウトー!」って言ったらシャル辺りが釣れるから“テキトー”にこなせば良いわけじゃん? つまり、あたしが何を言いたいかっていうと、能天気に見過ごしてないでシャルナーク助けろよテメェ! 男だろ! ということである。……いえ、間違えました。こんな可愛い女の子が困ってるんだから、少しくらい助けてくれても良いじゃないの!? ですね、正解は。
 「シャルくん! 助けて!」とあたしは最大級に哀願のこもったSOSの表情を浮かべてみたものの、シャルはあたしをちらりと一瞥しただけでその後は丸無視しやがった。……ハァ?
 そういえば、以前シャルに「あたしを助けないなんて良い度胸してるじゃないの!」って食って掛かったら「何でわざわざ戸愚呂を助けなきゃならないんだよ。意味が分からないって? これまでオレたちに対して行ってきた仕打ちの数々を、自分の胸に手を当ててよく考えてみなよ」と冷たくあしらわれたっけ。なになに、反抗期か何かなの? 猛烈に理解不能なんですけど。なに一丁前なことほざいてるんだよオマエ。図体だけ無駄に大きく育ったって、ろくに頼れやしねえな。あんなに“お世話”してやったあたしに対して義理立てもしないなんて! ちょっとお姉ちゃん悲しいわよ!

 そして、目下の問題は日々あたしに嫌がらせを目論むクロロの存在である。彼は、“母親想いで愛らしく育ってきた子供が急に高校デビューなんかしちゃって「この回想録とか絶対に嘘だろ、承太郎?」って疑いの眼を向けざるを得ないほど激変した、「うっとおしいぜこのアマ!」が口癖のいわゆる『不良のレッテル』を貼られた高校生”かのように突然豹変した。そう、正しくそんな空条Q太郎のように「(今までの)“つけの”領収書だぜ」と言わんばかりに、あたしに対し“仕返し”をし始めたのだ。
 おいおいおい。もしかしてずっと何某かの恨みを抱いていたのか、クロロよ。一体どの恨みを晴らす気なのよ。言っておくけど、あたしにはそんなに思い当たる節はないぞ。アレか? いや、アレか? それとも、アレか? もしや、アレの可能性も捨てきれないか?
 ……だあ! もう! 面倒くせえな! 一体全体なんだってのよ! 昔は可愛らしく「戸愚呂ちゃん、戸愚呂ちゃん」ってあたしの足元にまとわりついてきたくせに……! それが鬱陶しくなって足蹴にしてたのがいけなかったのか? 「おいクロロ〜。面白そうなモン持ってんじゃねェか、それあたしに寄越しな」ってクロロが見つけてきた玩具を取り上げたのがいけなかったのか? きっと幼少期のクロロに「クロロくん、将来の夢は何かな?」って聞いたら、「堆積した恨みつらみを戸愚呂ちゃんにたっぷりと仕返しすることです!」と元気な返事をしたに違いない。なんか分かんないけど、クロロにそんな“凄み”を感じる。
 でも、それもあれもこれもどれも全部“若気の至り”ってヤツだから! もう良い大人なんだから! 昔の罪なんて時効だから! イジメ、カッコワルイだから! お互いにちったぁ思いやり精神を育んでいきましょうや!
 確かにね、クロロは子供のときと比較したら格段に“良い男”に成長したとは思うけど、“真の良い男”は絶対に“こんなこと”しないって思うわけ! クロロくん、キミは本当の紳士というものに憧れないのかい? なんてことを考えていたら、クロロによって首根っこを掴まれてしまった。くそっ、あたしに追いつくなんて中々やるじゃあないか。

「って! ちょ、ギブギブ! 痛い! しぬ! 審判! カウント取って! つーか、女の子相手にチョークスリーパー決めんなやテメェ! 呼吸止まるっつうの!」
「……“女の子”? 誰がだ?」

 うっわ、コイツ鼻で笑いやがったよ。暴君ディオニスの如く憫笑しやがったよ。胸糞悪いな、ほんと! 無駄にたくましく成長しやがってよ!

「お前、どうせまともに“男”もいないんだろ?」
「あぁ、いねえよ! けど、それがどうした? “男”もいない女は呼吸する価値もないってか? 地球温暖化防止のために二酸化炭素排出するなってか? 大人しく植物のように生きて光合成する術でも身に着けろってか!? あぁ!?」

 えぇ、えぇ……! この間ラブラブ真っ盛りだと思っていたボーイフレンドに突然フラれたばかりですよ。「戸愚呂ちゃんの瞳はダイヤモンドみたいに輝いてるね……綺麗だよ」ってうっとりとした眼差しで甘い台詞を囁かれたのに、次のデートの際には「ごめん……。もうオレに近付かないでくれるかな……」と彼の態度が一変したのだ。あたしが……一体何をしたっていうんだ……。(財布から小金抜き取ったのがバレたのか?)
 けれど、そんなことは“クソガキ”クロロには一切合切関係のない話である。

「あぁ、確かに関係はないな」
「じゃあこの手を放せ! 絞めつけるのヤメろ!」
「だが、それとこれとは全く別の話だろ。オレはこのまま力任せにお前の首をもいでも一向に構わないんだぞ」
「Holy Shit! お願い綺麗なまま死にたいの! 生首だけは勘弁して!」
「イヤだ」
「な、なんてワガママなヤツなの! お姉ちゃん悲しい!」
「…………戸愚呂、少し黙れ」

 ―― そう!
 ―― この物語は、長年戸愚呂からジャイアン的イジメを受けてきたクロロ=ルシルフルによる復讐譚である!

 …………多分ね。
(to be continued... )