昔からよく褒められた、ふわふわの猫っ気をおさげにして束ねると、気持ちがピシっと引き締まるような気がした。馬上から仰ぐ空はますます青い。前をゆくディエゴは、馬の手綱をいとも簡単に引いてみせた。一面には鮮やかな新緑が敷き詰められている。
「どうですか、お嬢様。景色はお気に召しましたか」
「もう、ディエゴ。それって嫌味?二人っきりの時は気兼ねしなくて良いって、いつも言ってるじゃない」
「おっと、これは失礼。言葉遣いを改めないと、君の執事に叱られるんでね」
わざとらしく、嫌味っぽい。くつくつと、何がおかしいのかディエゴは笑った。私は、一つ息を吐き出す。
「でも、確かに景色は“お気に召した”わ。そよ風が気持ちいいわね」
降ろして、とディエゴに目配せすると彼は了承したように頷いた。彼とは幼い頃からの付き合いだ。もっとも、彼と対等の立場で話せる場は限られてしまっていたのだが。昔から暴れ馬を簡単になだめてしまうディエゴの手は、とても不思議だ。今私が体を預けているこの馬も、ディエゴの手がなかったらたちまち振り落されてしまっただろう。
下から、彼の手が伸びてくる。その手をとって地面に降りると、ディエゴの胸に抱きとめられた。自然、その衝撃も少なくて済んだが、今の状況はどう解釈すれば良いのだろう。良家のお嬢様が、下層階級の男の腕に身を任せている。途端に、頬に熱が灯るのが分かった。ドキドキと、高鳴った音が彼に聞こえていやしないかしら……。困ったわ。
ディエゴに名前を呼ばれて顔を上げると、鼻先が触れ合うんじゃないかと思うぐらい近かった。キスの経験はないけれど、きっと、その気になったら……。心臓が跳ね上がって、私は全く関係のないことを口にしてしまう。
「お父様は……あなたに会いに来てることに良い顔をしないの」
「そりゃあ、そうだろう。親父さんに取ったらオレは下賤の厩の番人だ」
「そんなことないわ!馬に乗せたら、ディエゴに勝る人はいない。この町……いえ、国中探したっているか分からないわ」
これは、事実だ。先月あった大会の、ディエゴの華麗な走りが未だに脳裏にこびりついて離れない。他の追随を許さず颯爽と空を切る彼の技術は、誰もが目を見張る凄みがあった。同時に、彼に対する黄色い声援や数々のプレゼント、甘い囁きを思い出してげんなりとする。
「でも、女の子に手が早いところは感心しないけどね」
そう付け加え、含みを持たせてチラリとディエゴを見るが、彼はちっとも悪びれていない様子で肩をすくめた。腕を放されて、少しほっとする。
「勿論、手を出す女の子は吟味してるに決まっているだろう?選考基準は可愛くて愚かしく、バカじゃない女の子だ。現に君には出してない」
「まぁ、ひどいわ。それって、侮辱よ。分かってる?」
そう言ってディエゴを責めると、彼は口角を持ち上げた。彼らしい、気高く人を虜にする笑みだった。悟られてはいけない、黄色い声に混じってはいけない。ディエゴは私の代わりに手綱を握りしめる。
違うわよ、馬鹿。私は、私を選んで欲しかったの。
毛虫の懇願
141015 身分違いの恋