「だからよォ〜、そうやって脚を挙げて靴をつっかける動作が良いんだろ〜」
「ヒヒッ、見えそうで見えないところがな〜」
「……ハァ?頭でもイカレてるの?」

 ブチャラティから頼まれたおつかいの帰り、薄暗くなりはじめたナポリの街を駆けていたときだった。一人の女が、見るからにチンピラ風の男共に絡まれていた。女はうっとおしそうに手を払うが、その行動は逆に男たちを焚きつけているようだ。……と、いうよりもあれは。

「ナマエのヤツじゃあねーか。あいつ、こんなところで何してんだ?」

 そのトレードマークともいえるレオパード柄のコートと真っ赤なピンヒールは、人ごみに紛れていてもよく目立つ。ナランチャは単純明快に物を考えた。ナマエにだって、自分の知らないチンピラの知り合いぐらいいるだろう。だとしたら正しく奴らもそうなのだ。
 …いや、しかし。確か前に同じような場面に遭遇した時、ナマエに頭をはたかれはしなかったか。軽く素通りしようとしたら「どうしてあたしを助けないのよ!」って怒られて…。もしもそうだとしたら、彼女は今困っているのか?

 ナマエの恰好は人目を引く。街なんかで彼女を隣に連れて歩くとそれがよく分かる。けれど、悪いのはその服装のせいだけではない。
 ナマエは可愛いのだ。それも、抜群に。だからこそ、余計に視線を集める。ミスタなんかはよくブスだなんだと彼女のことをからかっているが、それがほんの冗談であることをナランチャも知っている。そして化粧をしない方がもっともっと可愛くてスキなのだが、それは今全く関係ない話なのでやめておく。

「ナマエ、一応聞いておくがよォ…その柄のわるそーな奴らはお前の知り合いなのか?」
「……! ナランチャ!」

 横からナマエに近づくと、その声に気付いた彼女は勢いよくこちらを向いた。そうして嬉しそうにナランチャの腕にしがみつく。ふわっと、彼女お気に入りの香水のにおいがした。

「Amore!(ダーリン!) あたしのピンチにかけつけてくれたのね!」
「ア、 アモーレ……?」
「…しっ!いいから話を合わせて」

 ナマエは小声でそう言うと、キッとチンピラ共に向き直る。そうして、再び野良犬でも追い払うように奴らに冷たい視線を浴びせた。その柔らかい振動がナランチャにも伝わってきて思わずどぎまぎしてしまう。

「あたしはこれからダーリンとスイィ〜トな時を過ごすんだから。あんた達いいかげん邪魔よ!」
「スイートだって?そんな皮も剥けてなさそうなガキとかァ?」
「そんな心配はご無用よ。それ以上しつこくしたら、あんた達を蜂の巣にしてやるから」

 そう言うと、ナマエは懐から護身用のピストルをチラつかせた。単なる脅しの道具ではない。これにはさすがに効果があったらしい。

「ケッ、そんなチンケな銃でか?」
「おっ……おい、もう行こうぜ。白けちまった」

 もちろん、蜂の巣にするのはナマエのピストルではない。ナランチャのエアロスミスだ。これ以上執拗だとちょっとばかし痛めつけてやろうかと思ったが、気抜けたチンピラ共はそそくさと離れていった。
 その間抜けな後ろ姿を確認すると、ナマエはナランチャににっこりと笑いかける。

「グラッツェ、ナランチャ。あたし、アイツらをどおしてやろうか考えあぐねてたところだったのよ」
「別にオレ、なァーんにもしてないけど……」
「逆よ、それが良いんじゃあない。これでブチャラティに怒られなくて済んだわ」

 ヒールのせいで彼女は少し身をかがめる。ありがとうの意味をもう一度込めて、ナマエはナランチャの頬にそっとキスを贈った。その一連の動作にドキンと心臓が躍るのが分かる。彼女が触れた部分に、ナランチャも手を添えた。

「あーあ。しっかし、無駄な時間を過ごしたもんだわ。あたし、よくあーんなアホ面共に因縁つけられるんだけど……やっぱり、この靴がいけないのかしら?ミスタが言うのよ。この赤い靴のせいでナメられるんだって」
「……う、うん」

 目につくのは、真っ赤なピンヒールではなくその柔らかそうな太腿だった。だが、ナランチャは何も言えない。

「まっ、もう良いわ。それより、ナランチャはおつかいの帰り?帰りがてらに甘〜いドルチェでも食べに行きましょ。勿論、あたしが奢るから」

 そう言って、ナマエはナランチャの腕を引っ張る。目を細める様は、同い年の少女そのものの姿だ。
 ……やっぱり、ヒールは脱いでほしい。そうしたら、自分はもっと対等でいられる気がするから。

ピンヒールで泣き寝入り
141022 英語とイタリア語まぜこぜでスイマセェン…