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「あー! もう! 無いわ! キモいわ! ほんっっと! っていうか本気で有り得ないんですけど!」
と、一息に言い切ったあたしに対し「どうした、例の発作か」と柳蓮二は見透かしたように微笑を浮かべた。あー、うざい。コイツのこういうところ、心底うざい。うざいけど、コイツだけがあたしの“頼みの綱”なので、我慢するより他になかった。
荒んだ感情に身を任せつつ部室に置かれた簡易椅子に乱暴に腰かけると、その拍子に醜く歪んだパイプがギィと嫌な音を立てた。このオンボロめ。所々錆びてしまっているせいで座り心地は最悪だし、剥がれたメッキはガサガサして肌に触れると痛いしで良いところなんててんで無い。ボロボロで弱り切っているくせに攻撃性だけは依然として増しているのだ。これじゃあ、まるであたしの心のようではないか。
「いい加減認めたらどうだ?」
時折、こう思う。柳は心眼でも開いているんじゃなかろうか、と。鬼太郎並みに何か良からぬ物でも視えている可能性もある。霊能力者かよ。柳の場合、もうデータとか、そういった範疇はとっくに超越している気がする。こういうのって、何て言うんだっけ。えーと、邪気眼? なんだ、中二病か。だって、現に開いているんだか閉じてるんだか分からない薄目であたしを見透かしているんだもの。邪眼の力をなめるなよ。いいえ、なめてません。
「認めるって……いや、無理。それはどう考えても無理。……死にたくなる。」
―― そう。あたしの“もやもや病”の原因は、家がご近所さんというだけで幼少時からそれなりの距離感でそれなりの付き合いが続いている腐れ縁の副武将……テニス部副部長ことサナダ虫ゲンゴロウ。もとい、真田弦一郎、その人であった。
果たして、いつのことだったろうか。ゲンイチロウが実はそれなりに“モテている”という事実に気が付いたのは。いや、気付かざるを得なくなってしまったのは。
つい先日、この“もやもや病”が発症した件の事件が巻き起こった。
まぁ、その内容はというと、特筆するほど大袈裟な言葉で装飾する必要性もない話だ。ぶっちゃけ、クソへぼい。俗によくある中高生のほのぼの劇場とでも称しましょうか。いかにも奥ゆかしそうな見た目の女子が、あろうことか、あろうことか! 真田弦一郎へ恋文なる物を差し出していたのであった。あたしはうっかりとその一部始終を目撃してしまった。吐き気がこみ上げた。
だって、気持ちが悪いじゃないか! ゲンイチロウのくせにラブレターを貰っているという事実が、気持ち悪いではないか!
あのー、もしもし。お嬢さんや。もしや、そこに呆然と佇立している物体・真田弦一郎のことを、あなたを魅了してやまない誰かと勘違いしてやいないでしょうか。思い違いという可能性も十二分に有り得ます。念のため、もう一度復唱いたしましょうか。その男の名前は真田弦一郎。ソイツはあなたが空想の中で追いかけている「白馬の王子様」とはまるで違うでしょう。あなたの目が節穴で無いのであれば、そのまなこをカァッと見開いてよぉぉおくご覧下さい。はい、もうお分かりでしょう。こんなむさくるしい男が王子様のはずがありませんね。はい、全くありえませんね。ヤツはあなたの大切な物を盗む気などさらさらないわけです。むしろ、暴れん坊将軍的な? ザ・ニッポン魂の代表サムライの末裔とでも申し上げましょうか。星一徹みたいな融通の利かない頑固親父だし、クソ真面目な上に曲がったことが嫌いで、他人には厳しく、けれど自分にはもっと厳しく、時代劇とか骨董品が好きで共通の話題なんてこれっぽっちもないし、っていうかアイツ基本的につまらないことしか言わないし、誰もゲンイチロウに対して甘い夢など望むはずがないのに。
望むはずなど、なかったのに……。
目は口程に物を言う、ということわざがあるが、彼女の様子は正にそれを体現していた。ゲンイチロウを見つめる瞳が、仕草が、声が、甘ったるい。艶やかで、麗しい。可愛らしい。彼女は自分ではコントロール不能な感情に抗うことなく、恋する少女を演じているのであろう。
その日を境に、その子(何組の何さんなのかは知らない)とゲンイチロウが会話をしている姿を度々見かけるようになった。何あれ。「中学生の分際で交際など身の程を知れ!」なんて散々わめき散らしていたくせに。……くせに。どことなく満更でもなさそうなゲンイチロウが彼女に笑いかけるたびに、あたしの心臓は悲鳴をあげるのだ。それは、きゃあ、とか決して可愛らしい声音ではない。ムンクの「叫び」のようにおどろおどろしい断末魔をあげるのだ。声にならない声は、内側からあたしの何かを決壊させる。
「米山。」
「だから、無理って……。」
あたしの両目からは、面白いくらいにだばだばと涙が溢れ出てきた。そうだ、こうして思いっきりゲンイチロウのことを笑い飛ばしてやるのだ。弦のくせに、女子に好かれて、しかもそれを当人が喜んでいるなんて馬鹿みたい。うん、ばかじゃないの。嬉しそうにして、ばかじゃないの。
「米山、鼻が垂れているぞ。見苦しいからまずは鼻をかめ。」
「……うるちゃい。」
柳から差し出されたティッシュを鼻頭に押し当てると、余計にみじめな気持ちが増してきた。
そうです。本当に馬鹿だったのはあたしなんです。幼なじみという立ち位置に甘んじて、気圧されて、何もアクションを起こさなかった間抜けなあたしが馬鹿だったんです。
あぁ、時が戻れば……。なんて希望的観測を思い描くけど、時が戻ったって弱虫なあたしはきっと何も出来ない。
驕れる者は久しからず
190421
本当は幸村も登場させたかったんですが、話がごちゃつきそうだったので断念。