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「米山ってさ、小学生男子みたいだよね。」
「好きな子ほど何とやら、というやつだな。中学3年にもなって恥ずかしいとは思わないのか?」
あれから幸村も合流し、柳と共にあたしの扱き下ろし大会が開催されたのは言うまでもない。ヤメロ。傷口に塩をえぐり込むような低俗な真似はやめろ。こちとらただでさえ悶絶するような苦渋を味わってるんだぞ。この世はどこも生き地獄か。
幸村とは、かの有名な幸村精市のことだ。弦との繋がりもあって、幸村とは幼少時からの付き合いだ。昔は「精市くん」なんて可愛らしい呼び方をしていたけど、今ではそんな呼称をする自分に寒気を覚えるので普通に「幸村」と呼んでいる。幸村には柳以上にあたしの全てを知り尽くされているがため尚更頭が上がらないでいる。絶対王者に絶対服従しなければならないとか、この上なく悔しいんですけど。いつか絶対にこの無念を晴らそうと心に誓いました。
そんなあたしはと言うと、せめてもの抵抗だ! とクズ2人のやり取りを聞くまいと両手で耳を塞いだ。俗に現実逃避とも謂う。
「あー、聞こえないなぁ〜。ヨネちゃん聞こえないなァ〜。アレかなー、イップスにでもかかっちゃったのかなァ〜?」
「あれ、米山もしかして俺にそんな口を利いて良いとでも思ってるわけ? 初対面の時に真田との仲を妬んで俺を睨みつけてきたことも、真田とテニスが出来ないように陰湿にラケットを隠してきたことも、懐かしい思い出として俺はいつだって忘れたことはないんだからな。あー、今だったら口が滑ってこの出来事を誰かに漏らしてもおかしくはないかもなぁ。」
「はい! ごめんなさいごめんなさい許して下さい。そんな黒歴史絶対に誰にも言わないで! お願いします、幸村様!」
「だったら、言葉じゃなくて行動で誠意を示してくれるかい? じゃ、喉が渇いたから何か飲み物でも買ってこい。」
「そうだな、ついでに俺の分も頼む。」
「はぁ!? 何であたしがそんなパシリみたいな真似しなきゃならないわけ!?」
「うん? 何か言った?」
「ハイ! この米山ヨネ、喜んで買いに行かせて頂きます!」
「そう、良い心掛けだね。ダッシュで頼むよ。」
にこやかな幸村と柳に見送られ、惨めなあたしは購買まで全力疾走を強いられることとなってしまった。これがさっきまで泣きべそをかいていたイタイケな女子に対する仕打ちかよ。アイツらマジで許すまじ。いつか羞恥に転げまわりそうな弱点でも掴んで、この力関係を逆転させてやるから覚えとけよ。つうか、今気付いたけど、もしかして飲み物代はあたし持ちか? 死ねよ。
ファッキュー馬鹿共と心の中で呪いを唱えつつ、否応なしに廊下を走っていると今最も顔を合わせたくない人物と鉢合わせてしまった。
「ヨネ! 廊下は走るなと何度も言ってるだろう! この馬鹿者が!」
声の方角を辿ると、怒号を飛ばしたのはやはりゲンイチロウであった。ほんっとうに空気読めねえな、コイツも。立海3強っていうか、立海3馬鹿って呼んだほうが称号としてよっぽど相応しいんじゃないの?
「あー、もー、弦うるさい。 そんな大声出さなくたって難聴じゃないんだから聞こえてるっつの。」
「だったらお前はもう少し生活態度を改めたらどうだ! 上履きのかかとを踏むな! 襟を正せ! だらしなく裾を出すな! 何度注意したか分からんぞ!」
どうやらゲンイチロウはすっかりお冠なご様子だ。正直言って死ぬほどうるさいし面倒くさい。
―― そうだ。いつだったか友人(ギャル)が言ってたっけ。「風紀委員だからっていって、真田ってくっそウザくね? っていうかキモくね? 声でかくね? “けしからん!”とか大声で喚いちゃってさぁ、時代錯誤も甚だしくね?」って……。だからあたしは当り障りもなくこう返したのだ。「アイツ、おじいちゃんにそっくりだからさぁ。昔からおじいちゃんの影響を受けて育てられてきてんのよ。」と。そしたら友人はすかさず「あー、ヨネって真田と家が近所なんだっけ? うっわ、ご愁傷様。これが幸村くんとかだったら良かったのにねー。」と言い放った。まるで可哀そうな生き物でも憐れむかのように。
そ、そうだよね。弦なんて世間一般的にはキモくてウザくてクドくて、おせっかい焼きのスピードワゴンもびっくりな口うるささだし、冷静に考えなくても弦なんかに恋する少女の方が「お前、大丈夫か?」って正気かどうか疑われる世の中でしょうよ。
ならば、敵は本能寺にあり! あたしは堂々とゲンイチロウを打ち破るべきではないのか? 己の中に芽生えかけている迷いを断固として打ち晴らすべきなのではないのか? ならば……と敵を見やると、弦は眉尻を吊り上げてあたしに正対していた。その眉間に刻まれた皺は濃い。ふむ、ヤツもやる気満々といったところか。さぁ、いざ尋常に勝負だ! ゲンイチロウ!
だが、弦の顔を見た途端に“きゅぅぅん”と高鳴る鼓動が明らかにあたしの敗北を告げていた。
「ぬっ!? ヨネ待てっ! 話はまだ終わってはおらんぞ!」
同時にあたしの足は一目散にゲンイチロウの前から逃亡を謀っていた。背中に弦の怒鳴り声が聞こえたが、体よく無視しておく。
女子トイレに駆け込んで、一息つく。さすがの弦といえど、ここまで追ってくるようなアホな真似はしまい。荒れ狂う躍動を鎮めるために深呼吸をするが、一向に呼吸が落ち着くことはなかった。忙しなく血脈がドクドクと音を立てている。ふぅ、危ない危ない。危うくボロが出るところだった。鈍感アホ馬鹿星人のゲンイチロウのことだから、気付かれることはまずあるまいが。はーあ。それにしたってさ、勘弁してよね。
――あたしの心臓、ちょっと正直すぎるでしょ。
絶対に勝ちようがないじゃん、こんなの。ばーか。ばーか。あたしのばーか。
三十六計逃げるに如かず
190421
幸村の口調にめちゃくちゃ迷いました……。大人しく単行本読み直してきます……。