些細な事で気まずくなってしまった。
彼は私の話に必ず耳を傾けてくれて
その上で自分が思ったことも話してくれるので言い争うような喧嘩になることはなかったけど
今回は何だかすっきりしない、モヤが残るような雰囲気でお互いその場を離れた。
彼は自分の書斎へと行き、私はリビングのソファへと座り雑誌を開いた。
ホリデーシーズンの特集で様々なギフトが載っているけれど、何も頭に入らず何となくパラパラとめくっている。
こんな時はどうするんだろう。
一緒に暮らしていて気まずくなった時、落ち着くまで離れているのか
何事もなかったように話しかけるのか。
一旦外に出て散歩でもしたら、気持ちも晴れるのか…。
飲み終えた紅茶のカップをキッチンのシンクへと持って行き、水を溜めてそのままにした。
今洗う気にはなれないから後でいいやと。
トレンチコートを持ち、靴を履いて家を出た。
日中は陽が差しているので顔は暖かく感じるけれど、何も着ないと手足は寒い。
財布は持って出なかったけどコード決済が使える店が増え、便利になって良かったと思った。
近くに大きめの公園がありその中を歩いた。
本屋さんを覗いて何か良さそうな本はないか見たり、まだ入った事がないカフェの様子を見たり、そんな事をしつつも頭の中は彼のことが過ぎる。
きっとこの店の雰囲気も好きだろうし、置いてあるパンの種類も好みそうだなとか
新刊の中に読みそうな本があるなとか
どこに行ってもそんな事ばかり浮かんだ。
喉も乾いたしカフェにでも入って少し休もうかと思っていた時スマートフォンが鳴った。
彼からの電話だ。
気まずいけれど、出ないまま家に帰ったらさらにそれが長引くだろうと思った。
『…はい』
『今、どこですか?』
『近くを散歩して、カフェに入ろうか迷ってたところ』
電話越しからコツコツと革靴で歩いている音と、どこかの通りの賑やかそうな声が聞こえる。
『私も今外にいます。向かいますから場所を教えてください』
場所を伝えて電話を切ってから、近くの花屋を覗いて待っていた。
クリスマスの飾りやリースを見ていると先ほどの革靴と同じ音が聞こえて来た。
どんな顔したらいいのか…
何て切り出せば良いのか…。
やって来た彼の顔を見る。
『何か買いたいものはありますか?』
『ううん、今日は大丈夫。』
普通に話しかけられたけど何となく鬱々とした気持ちのまま、2人揃って家に向かう道を歩き出した。
人が多い通りを抜けて住宅街を歩く。
『まだ、機嫌は直らないですか』
『怒ってないよ、ただ…』
『ただ?』
頭の上からこちらを見てる彼の視線を感じる。
『こういう風に、言い争うわけでもなく気まずくなった時どうしたら良いのかわからない』
正直に思ってる事を伝えた。
彼が歩みを止めたので、私も彼に向き合うように立ち止まった。
『話したくなかったら話さなくて良いです、気持ちがおさまるまで。でも、もし不満や思うことがあるなら伝えて欲しいとも思います。人の心の中はその人以外誰にも分かりません、分かったと思ってもそれは自分の予想でしかない』
『七海さ…建人さんは怒ってる?』
緊張すると苗字で呼んでしまうのがいまだに抜けない。
『怒っていませんよ、初めから。』
表情豊かとは言い難く端的に物事を伝えるのもあって、こういった場面では怒っているのではないかと思ってしまう。
『あなたが怒っていて、まだ話しをしてくれなかったらどうしようかと考えていました…どうしたら機嫌を直してくれるかと』
そう言って彼は持っていた紙袋を見せた。
『あ…そのお店』
『前に気になると言っていた店で焼き菓子の詰め合わせを見つけたので』
裏地が花柄で表がパステルピンクのショッパーと彼の組み合わせが面白くて思わず笑ってしまった。
『建人さん1人でお店に行ってくれたの?』
『ええ』
『あのお店、並んでるの女性だけだったでしょ。入るの抵抗なかった?』
『いいえ、贈り物と思えば何とも』
『そっか』
彼は静かな微笑みを浮かべていた。
家へと戻りコーヒーを淹れて、早速彼が買ってきてくれた焼き菓子を食べた。
良さそうなカフェがあって、そこに併設してるパン屋のセレクトが好きそうだという話や並んでいた新刊にこんな本があったと話していると彼のスマートフォンが鳴った。
『出なくて良いの?』
『ロクでもない内容でしょうから良いです』
『出るまでかかってくるかな?』
ディスプレイを見つめて眉間に皺を寄せる彼に笑った。
『私出てもいい?』
『どうぞ』
通話ボタンを押したと同時に、かけてきた主は楽しそうな声で話し始めた。
『あ、七海?さっきお前見かけたんだけどさぁー女子だらけのラブリーなお店に並んで入ってったでしょ?ねぇ、喧嘩した?喧嘩しちゃったの?』
声が大きいので多分彼にも筒抜けだろうけど、スピーカーに切り替えた。
『何しでかして愛しの彼女を怒らせちゃったワケ?しょうがないなー、ここは信頼と信用があって頼られてる先輩の僕が可愛い後輩の為に取り持ってあげるからさぁ、今から家行くね』
耐えきれずに吹き出してしまった。
『五条さん、私だよ』
『あれれ?七海は居ないの?』
『居るよ、目の前でコーヒー飲んでる』
『ほらねー…やっぱり七海は僕のラブコールには出てくれないでしょ?』
『全部聞こえてますよ、最初のストーカー行為の部分から。』
『居るんだったら出ろよー!しかもストーカーじゃないし、たまたまだから』
『時差があろうとなかろうと、やはりロクでもない内容なので出なくて正解だと言うことがたった今判明しましたね。そして信用と信頼は合ってますが頼ったことはないですし頼ろうと思ったこともないです、恐らく今後もないでしょうね』
『一応僕、先輩ね』
『五条さんこれから家に来る?』
『そうだねぇ、やっぱり2人が心配だし見に行こうかなぁ』
大きく溜息を吐いてからコーヒーを飲む彼。
色々買っていくから楽しみにしててと、最後までマイペースを貫き通す五条さんを
尊敬してないと言いつつ何だかんだいつも話を聞いてコミュニケーションを取っているのを知っている。
きっと五条さんもそんな彼との会話が心地良くて会いたくなるんじゃないかと思う。
電話を切った後カップをシンクへと持って行き洗おうとしていると、背中に彼の温かな体温を感じた。
『この後ゆっくりと2人で過ごせると思ったのですが』
腕の中で体勢を変えて、彼に抱きついた。
柔らかい唇の感触が首筋に伝わる。
『来るまでにまだ時間かかるんじゃない?』
そう言ったのと同時にチャイムが鳴り
耳元で先程よりも深い彼の溜息が聞こえて笑った。