特注で造らせたガラスが嵌め込まれた窓が連なる廊下に不機嫌な靴音が
同じ歩幅とリズムで響く。
数日前、自分の頬に平手打ちを喰らわせた小娘を取り逃がしたことが最も腹立たしい事ではあるが加えて頬の腫れが未だにあるのも許し難い。
『…んっとに、馬鹿力な小娘ね。捕まえたら躾し直してやるわ』
ミッドガルへ戻る支度をしようと向かう途中
奥にある大きな扉の前に二人ずつと数歩先の目の前に護衛が配置されているのが目に入った。
その大きな扉の中に大事なモノを隠している事は周知の事だ。
スカーレットは曲がり角を曲がらずそのまま目の前の護衛の方まで歩みを進めた。
『お、お疲れ様です…この先は…』
『知ってるわよ。』
どのように遮るべきか慌てふためく護衛を見て咄嗟の判断も出来ないなんて失格だとスカーレットは思いつつ
そのまま両手で二人を押し退け間に割って突き進む。
あからさまにギョッとした顔の扉前の護衛がスカーレットの前まで進んできた。
『困ります。ここは社長とタークスの方以外通さないようにと言われておりますので…』
『あら、良いじゃない!そのタークスの上司のような立ち位置の私なんだから。』
『ですが…』
『未来の社長夫人にご挨拶をと思って…是非仲良くなりたいわ!』
スカーレットはそう言ってドアをノックし、開けた。
ルーファウスが年若い婚約者をこの部屋に大事に仕舞い込んでいるのは知っている。
あの用心深く誰にも心を開く事はないであろう冷たい瞳の男を撃ち落としたのが若い女だと聞いて驚いた。
先日自分の頬を何度も打ったあの小娘の気が強い瞳も思い出されて苛つきが増した。
『ご機嫌よう、奥様。』
海が見える大きな窓の前に設えたアンティークのソファにまだあどけなさが残る『大切な宝物』が座って、こちらを見据えた。
気の強いあの小娘より少し下くらいだろうか。
陽の光も相まって肌も髪も透けるような輝きを放っているようにも見えた。
入り口からソファまで距離があり
歩きながらスカーレットは様々な事を思い巡らした。
部屋の中にいる執事たちは驚きどうしたら良いのかと慌てている。
若さだけであの社長の心を動かす事は無理だ。
かと言って家柄や容姿だけでも単なるお飾りの妻で仮面夫婦となるだろう。
ジュノンのこの場所の一番奥にある海に面したこの部屋に仕舞いこみ、護衛を24時間体制でタークスも入れ替わり来させるくらいに
あの冷徹な男は大切にしているのだ。
目の前に座るこの娘のことを。
『あら』
ソファの目の前にあるガラステーブルに置かれたジュエリー達に目が捉われた。
外に出さない代わりに何不自由させることなく与えているのだろう。
部屋の至る所に持って来させたと思われる靴やバッグ、洋服が置かれている。
娘は自分の目を逸らすことなく見つめていた。
肝が据わっていると感じた。
『私もいくつか頂こうかしら、そうねぇ…これとこれと』
ベロア生地の台の上にいくつか乗せて、ブレスレットを自分の腕に当てがい見惚れた。
『ル、ルーファウス社長より奥様へとの事で…』
『わかってるわよ、自分で買うわ。後からネチネチ言われても面倒だし。』
『はぁ…』
静かにその様子を見ていた娘にスカーレットは距離を詰め、ネックレスと髪飾りを手に取った。
『肌と髪の色合いからして、これがよく似合うんじゃないかしら』
首元と髪に当てがい
悪くないわね、と自分のセンスの良さにも満足した。
ネックレスを両手に乗せ石の大きさに驚いている娘を見て、先程までどう揶揄って遊んでやろうかと思っていた気持ちが消えてなくなった。
『これからこういうものに囲まれた毎日になるんだから、見慣れるわよ』
ドアの向こうから薄らとくぐもった声が聞こえ、スカーレットは立ち上がった。
『あの社長がねぇ…』
含み笑いをしながら呟いたと同時にドアが勢いよく開き、ルーファウスが入ってきた。
『勝手な行動は慎んでもらおうか』
『これは大変失礼いたしました…奥様にご挨拶をと思いまして』
スカーレットは胸に手を当て大袈裟に頭を下げた。
『じゃ、商品は後ほど私のお部屋までお願いね!経費で落とすなんてことはしませんのでご安心を』
そう言ってルーファウスに一礼をしてからドアへと向かった。
ーonce in a bluemoon
(滅多にない、珍しい)