会場の螺旋階段を上った中二階から広間を見ると
まるで色とりどりの繊細な砂糖菓子が幾つも敷き詰められているように見えた。
繊細なレースの敷物が敷かれた一人分にしては大きめの丸テーブルと用意された椅子に深く腰掛け、nameはほんのり甘く香るフランボワーズのマカロンを口に運んだ。
しゅわっと甘く口の中で溶け、酸味が効いたベリーのソースが口の中で混じり合い丁度良いバランスを感じる。
異国の香りを乗せた美しい琥珀色の紅茶を一口静かに啜る。
鼻の奥を掠める香りは、茶葉がいかに丁寧に扱われこの場所へと運ばれてきたのかが分かるには十分だった。
「name」
振り返ると父がグラスを片手にやってきた。
今しがた贔屓にしてくれている取引先との会話を終えたようだった。
「前菜やメインを食べずに甘いお菓子から手を付けるとは...」
やれやれ、と呆れつつも娘の行動はどれも可愛らしく映るらしく頬を緩ませている。
「食べたい時に食べたいものを頂いた方が人生は楽しいもの。パパもいかが?このチョコレートはシャンパンにも合うと思う、ほんの少しスパイシーなの」
銀製の小さなトレーに並べられたダークチョコレートを一つ取り、口に運び一口シャンパンを口に含んだ後父親はうまい、と感嘆した。
お茶会や夜会と言うもの自体には興味はないが、そこで出されるスイーツや料理が目当てでよく父親について行く。
母はあまりこういった場所には興味がないようで、代わりに行きたがる娘に快くその代打を承諾してくれる。
「name、同じ年頃の子たちも最近は多く出入りしている。輪の中に入らなくていいのか?」
斜め下を見ると年齢が幾分若い女子の集団があった。
「話が合わないからいいの」
そう言ってオレンジピールのチョコがけを口の中へと放り込んだ。
そうか、と父親は苦笑いを零しギャルソンへと追加の飲み物を伝えた。
この世界の中にも大人には大人の、子どもには子どもの階級があるらしいがnameは全くもって興味がない。
眼下に居る集団は夜会の中でもnameの世代の中での“カーストの上”とされているようだが
最もそれは彼女たちの両親の役職表しているようだった。
幸い、とでもいうべきかnameの父親は海運王と呼ばれ代々他国との輸入貿易で財を築きあげてきた。
老舗と言えば...というように、貿易関連で言えばと真っ先に名前が上がる一族でもあるのでこういった集まりでは一目置かれるのである。
それもあってか、“カースト上位”の集団たちはnameに対しては形式ばった季節の挨拶以外は殆ど言葉を交わさない。
もう一つ、食べ物と他国への興味以外示さないnameの事を変わり者として認識をしているらしく関わらないようにもしているようだった。
nameにとっては面倒くさい集団のやり取りをしなくて済むし願ってもいない。
スキャンダラスなネタなども、自分の人生においては何の意味もなさないと思っているのでどうでも良かった。
「こんばんは」
良く通る女性の声と目の端に真っ赤なドレスの色が入り込んだ。
「これはこれは、スカーレットさん」
むせ返るような香水の香りが一気に纏わりつき、折角の紅茶の香りが埋もれてしまった。
父親は席を立ち、スカーレットと呼んだ女性のグラスに軽く自分のグラスを合わせ談笑を始めた。
二人には聞こえないようにnameは小さく溜息を付き、陶器の皿に盛られたミントの葉を二枚ほど口に含んだ。
鼻にスーッとした清涼感を感じる。
「お嬢様もご一緒でしたのね、後でお喋りしながら我が社の新しいコスメラインをご覧にならないかしら?」
是非、と短く笑顔で応えるとスカーレットは満足したようで奥に見える重役達の席へと父親を案内した。
その名前を知らないものは居ない、神羅カンパニーの錚々たる顔ぶれがあった。
数多くの企業を吸収合併してきたのを聞いたことがあるが、父親との間には平和的な友好関係が築かれているようだった。
ふと、下を見ると見かけない顔の同年代女性が居た。
カースト上位たちと言葉を交わしているようだったが、その表情は幾分浮かない。
どこかで...と頭の中を思いめぐらせているとある新聞記事を読んで感心していた父の言葉を思い出した。
『ルーファウス副社長に異母兄妹が居たそうだ。身寄りがない彼女を引き取ったと書かれている、まだ若いのに感心するな』
写真には寄り添いエスコートするルーファウスとその妹が写されていた。
見ながら口に含んだ紅茶に渋みが出ていたので、すぐにその内容はかき消されてしまったが...。
一目置くどころか、その名前を安易に口にするにも気を使う大企業神羅カンパニーの現社長でもあるルーファウス神羅の異母兄妹。
ご機嫌取りで声を掛ける者もいれば、純粋に仲良くなりたくて声を掛ける者もいる。
だが、この世界に於いてはどんな小さなスキャンダルも後に足を引っ張ることになりかねないのは、まだ若いnameも分かっていた。
カースト上位たちは彼女から何か“ボロ”が出ないかを突いているのだ。
nameの視線に気づいたのか妹君は振り返った。
軽く斜めに顔を傾け会釈をすると、彼女も頷くように会釈をした。
姿勢と所作が美しいとnameは思った。
可愛い妹君が禿鷹ともいえる集団に囲まれているというのに兄上は何をしているのだろう、と父親のいる方へ視線を向けると笑い声が聞こえた。
暫く見つめているとルーファウスはこちらを見て、にこやかな笑顔を向けてきた。
同じ様に笑顔を返し、視線を戻し短くふうっと息を吐いてから立ち上がりnameは螺旋階段の方へと向かった。