どうしてこんな風になってしまったのか。

昨日まではいつも通り...いや、少し前から歯車が狂わされた兆候があったのを見て見ぬふりをした。

ルーファウスから時折の呼び出しはあったものの、業務以外での話は殆どない。

あの日も呼び出されいつものように社長室へと入ると何の前置きもなく、重厚な造りのデスクの前に立つ自分へ美しく包装され小さな生花が添えられたプレゼントと思しきものを置いた。

ほんの数分の間の出来事。

ルーファウスへと顔を向けると鋭く射抜くような碧眼と視線が交わった。

―私は彼のこの眼が....苦手だ。

視線を向けた相手を丸裸にして心の奥底まで見透かすようなこの眼に捕らわれたら自分を見失うのではないかという不安が過る。

「困ります、社長。受け取れません」

逃れる様に咄嗟に出たのは突き放すような言葉。

ルーファウスは視線を落とし、目の前に差し出した小さな箱に手を添えながら立ち上がった。

「...好いている男でもいるのか」

「将来を共にしたい相手が居ます...ですからこういったプレゼントは受け取れません」

「そうか...このイカリソウの花言葉は知っているか?」

ゆっくりと歩きながら自分へと距離を詰め
人差し指で箱に添えられた生花を弄びながら、静かに先程よりも近い距離で碧眼が見据え質問を投げかけた。

恐怖で震えそうな左手を右手で掴み必死で平静を装ったが、僅かに口角を上げたルーファウスの顔が鼓動を加速させる。

「....失礼します」

逃げるように社長室を後にして
それから暫くは何もない、いつもの日常を過ごしそして今...。

自分をいとも容易く組み敷き触れるその手に
出せる限りの力で拒絶してみたものの、敵うはずもなく零した言葉も消え失せた。

何度も繰り返し送り込まれる熱と味わった事のない快感は自分でコントロールが出来ず、それに浸かってしまったら自我を失ってしまう。

あの眼に捕らわれまいと、最後の抵抗で片手で顔を隠し横へと背けもう片方の手を胸へと宛がい押しのけようとしたが柔らかく押さえ込まれてしまった。

頬に張り付いた髪を、ルーファウスは今までの行動からは想像もつかない優しい手つきで梳き流し耳元で小さく囁いた。

「まだ、教えていなかったな...イカリソウの花言葉は、」

――君を離さない――

言葉が囁かれたと同時にルーファウスの眼を見ると哀しみが滲んでいるような、あの自信に満ち溢れ人の全てを見透かす眼ではなかった。

思わず反射的に手を伸ばし、頬に手を添えその眼に捕らわれてしまった。

蓋をしていたモノが瞬時にあふれ出す感覚。

それはいつだったか他愛のない噂話でのルーファウスの幼少期の話を思い出させた。

だからきっと目の前にいるこの人は
愛し方を、愛され方を知らないままなのだと。

歪んでいる愛情の示し方を受け入れてしまった私はもう、昨日までの自分には戻れない。


社長室から逃げるように出て行ったあの日。

入口のすぐ側のサイドテーブルに、季節の花としてアレンジメントが施されていた紫陽花の色がやけに鮮やかに記憶の中に残っている。



【拒否の理由に紫陽花を】
花言葉:あなたは美しいが冷淡だ



In Love Again