
『ねぇ、今度の――のブランドのミューズは彼女に決定だそうよ』
木の香りが広がるメゾンの中
アンティークの家具で揃えられた店内は
静かに耳心地の良いクラシック音楽が流れ、ひっそりとした話し声が時折聞こえた。
老舗と呼ばれるこのメゾンでスーツをオーダーする自分に
少しの照れ臭さと何とも言えない優越感を同時に感じる。
これからの時代を担うのは自分だという力強い意志と共に
身体にピッタリと纏われたスーツを鏡越しで確認し、男は満足げだった。
「いかがでしょう?こちらの生地は先日買い付けて参りました。お似合いになるかと思いまして・・思った通りでございます」
「悪くないな。これもいただくとしよう。」
何着かオーダーを済ませ、店内を後にする姿を見て
密やかな声で話をしていた貴婦人たちは俄かに色めきたった。
一代で会社を築き上げ、今や飛ぶ鳥も落とす勢いで急成長を続けている神羅カンパニーの社長であるプレジデント神羅はメディアで見かけない日がない程になりつつあった。
「いつもありがとうございます」
支配人とはこのメゾンに初めて来店した時からの付き合いでもあり、自分が伸し上っていく行く姿を見つめ続けていた人物のひとりでもある。
今日の様に望みどおりのオーダー品を全て取り揃える事がまだ出来なかった自分であったが、来店すれば必ず最初から最後まで担当をしてくれていた。
まるでこの先の自分に期待をしているかのようで、プレジデントはそれがまた心地よくも感じていた。
「神羅カンパニーとあなたの未来は力強く輝き続けるでしょうね」
軽く頷きプレジデントは運転手が開けた車へと乗り込んだ。
この日はミッドガルには珍しく雪が降り、地面に落ちては溶け・・という場面がひたすらに繰り返されていた。
このあたりの地域は気候的には雪が降ることは稀だった。
暫く走行していると僅かに車体が揺れ車が止まり、運転手が外へ出て何か話している声が聞こえた。
プレジデントは厄介事になる前にと思い車から降り、前方へと向かった。
「も、申し訳ございませんプレジデント・・」
運転手が屈み、女性と思われる人物へと謝罪をしていた。
万が一車に接触・・ともなれば騒ぎ立てられ面倒事が起こる事態が予測された。
運転手を制止し、座り込んでいた女性へと目線を合わせる様に踵づき手を差し伸べた。
「お怪我はございませんか?申し訳ない、こちらの不注意で・・」
言いかけ、不安げな瞳を向けたその女性を見てプレジデントは息をのんだ。
滑らかな陶器を思わせる透き通る肌に、氷を閉じ込めたようなアイスランドブルーの瞳。
長いホワイトブロンドの髪は緩やかに巻かれ、艶を放っている。
その恵まれた美しい体に纏っていたカシミヤのケープスリーブダブルコートは泥がついて汚れてしまっていた。
「いえ、私が驚いて転んでしまっただけで・・車体には触れていないんです。ごめんなさい・・。」
「すまない、コートが汚れてしまったな」
立ち上がらせるために手を差し伸べると、女は躊躇はしたものの礼を述べてプレジデントの手を握った。
雪が解けこんだように白い肌。
そのイメージに反して心地よく温かい手をずっと握りしめていたいとも思った。
「家まで送ろう」
「大丈夫です、近いから歩いて帰れます」
「服を汚してしまってそのまま歩かせて帰すことなどできないな」
「でも、」
「胸の内を正直に話すと、貴女ともう少し時間を共にしたいという下心もあるな」
そう言って小さく笑うと女も恥ずかしそうに伏し目がちに笑った。
「名前は・・」
ヴィティヴァル――
と名乗った彼女の家は、その場所からほど近い所にあった。
彼女がマンションへと入る姿を見送り、再び車を走らせると大きなビルボードが目に入り
それはほんの数分前に出会った彼女が柔らかな笑顔で遠くを見つめ、今にも動き出しそうなほどの躍動感溢れる姿で飾られていた。
【Forever and ever】
女性なら誰もが聞いたことがあるであろうブランドのコスメティックラインの新ミューズに選ばれた彼女は
このビルボードが市街のあちこちに飾られたこの日からトップモデルの仲間入りを果たし、女性たちが手に取る雑誌の表紙の殆どを飾っていった。
「永遠に、いつまでも――か。」
プレジデントはひとり小さく呟いた。
ラベンダー色に染まった空を背景に繊細なレースが施されたパウダーピンクのワンピースの裾を持ち
まるで湖面で踊っているかのようなヴィティバルの姿が、自分の心の全てを攫って行ってしまった感覚に陥った。